どのような「資本主義」を想定するのか:大西広氏への応答

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1月25日にアゴラに掲載された拙稿「【社会学の観点から】『少子化論』に対する『数理マルクス経済学』の限界」は、大西氏の近著『「人口ゼロ」の資本論』に触発されて、一気に書き下ろした小論である。

45年来の友人である経済学専攻の濱田康行北海道大学名誉教授との二人研究会で、過去3年間「資本主義の終焉とその先」について基礎文献を読み続けてきた成果の一端である注1)

大西氏からのリプライ

2月11日に、大西広氏から拙論へのリプライと思われる「要するに人口減が資本主義で解消されるのかどうかという問題①」(以下、大西①リプライと略称)が、アゴラに掲載された注2)。社会科学でも専門分化が深まって久しいので、社会学と経済学という分野を超えた論争がなかなか出来ない時代に、大西氏にペンをとっていただき感謝している注3)

拙稿では、大西氏の本は、① 家族関係社会支出の対GDP比率が、最新のデータではなくわざわざ古いデータで示されていたこと、及び②子どもの数に「限界効用」が使われていたという2つの疑問をのべていた。

とりわけ後者に関しては、「子供が多いほど嬉しい(効用が高い)とともに、・・・・・・『子供1人当たりの効用(嬉しさ)』は少しずつ減少する(逓減(ていげん)する)とも想定されます)」(大西、前掲書:59)と書かれたが、子ども自身の気持ちや子育てする親や家族の心情を無視している。これは実態離れではないか。

さらに疑問点として、「子供は人数が減れば減るほど1人当たりの可愛さが増す」(同上:57)もあげて、論点を鮮明にしておいた。

言い訳ではすまないデータの扱い方

リプライで大西氏は、①に対して、「言い訳にはならないが、金子氏に小著が『データが最新のものに書き換えられていない』と批判されてしまうのも、私がこの手の政策に多くを期待していないからである」(大西①リプライ)とのべられた。

文脈からすると「この手の政策」とは「あまたの『少子化論』、『高齢化論』そして『人口減少論』・・・・・・『少子化対策論』」(大西①リプライ)を含むようである。

科学の精神を問いかけた

もちろん「多くを期待していない」から最新のデータではなく、古いデータをわざわざ使い、「日本の出生率は他の諸国よりも低くなってしまっているのです」(大西、前掲書:28)と結論されたのであろう。

ただこの古いデータの意図的な選択は、日本の「家族関係社会支出」が諸外国よりも「目立って低い」(同上:28)ことを強調するためではなかったか。そしてこのような「科学する精神」とは無縁の方法が、経済学では現状分析において認められてよいのかを問いかけたつもりであった。

子どもの「効用」では「人口減少社会」への対応は不可能

もう一つの「子どもの数に『限界効用』が使えるのかという疑問」については無回答のままであった。

代わりに、国立社会保障・人口問題研究所が「昨年発表した2070年までの出生数予測」を多用して、「100年後の日本人口は今の3分の1になる」ことを強調されただけであった。

『こども未来戦略』と『人口ビジョン2100』も使いたい

2月に執筆されたリプライなので、できれば最新のデータ集への目配りが欲しかった。なぜなら、2023年の12月22日に閣議決定として『こども未来戦略』(以下、『戦略』と略称)が公表されていたし、2024年1月9日には民間の「人口戦略会議」により『人口ビジョン2100 ー 安定的で、成長力のある「8000万人国家」へ』(以下、『ビジョン2100』と略称)も発表されていたからである。

いわば、未曽有の少子化危機を受けた官民の「人口戦略」が出揃っていたわけだから、これらもお使いになった方がよかったのではないか。

なぜなら、特に『人口ビジョン2100』では、表1のように具体的な4つのシナリオが想定されて、Bケース(8000万人)を2100年の総人口に位置づけていたからである。

他のたとえばAケースは、2040年のTFR(合計特殊出生率)を2.07に想定した点で、論外である。2022年のそれが1.2566という日本新記録を作った年からわずか18年で、どのようなマジックがあっても2.07に達するとは考えられないからである。本文でも有効な方法論は明示されてはいなかった。

表1 「人口定常化」をめぐる4つのケース
出典:『人口ビジョン2100』:14
(注)国際医療福祉大・人口戦略研究所の独自試算

Dケースが妥当

だからといって、Bケースの2060年のTFR(合計特殊出生率)を2.07にすることにも無理がある。なぜなら、2050年に向けて日本では「産める年齢の女性母集団の減少」が正確に予見できるからである(金子、2024b)。

ちなみに、『ビジョン2100』に準拠すれば、私の判断はDケースになる。その差はTFR(合計特殊出生率)の予想によるのだが、2022年でも全国平均こそ1.26だが、東京都が1.04、宮城県が1.09、北海道も1.12というように、DケースのTFR1.13を割り込んでいる都道県がすでに存在するからである注4)

社会資本主義の構造

要するに、「人口減が資本主義で解消されるか」という一般論的問いかけでは不十分であり、どのような「資本主義」を想定するかによって、その回答は異なってくる。

私の場合はマルクス、ウェーバー、パーソンズ、高田保馬のエッセンスを活かして「社会資本主義」を構想した(金子、2023)。文章で定義すれば、

「脱成長」論を越えた「社会資本主義」は、新しい資本主義として「生活の質」を支える「社会的共通資本」と治山治水を優先し、国民が持つ「社会関係資本」を豊かにする。合わせて子ども真ん中の政策により、義務教育・高等教育を通じて一人一人の「人間文化資本」を育てる。「社会資本主義」はこれら三資本を融合した理念をもち、全世代の生活安定と未来展望を可能とし、経済社会システムの「適応能力上昇」を維持して、世代間協力と社会移動が可能な開放型社会づくりを創造する。

社会資本主義の図式化

また図式化すれば、図1を得る。これらをパーソンズのいう「適応能力の上昇」(adaptive upgrading)に接合させ、束ねた状態に位置づける。そうすると、社会学でも普遍化した「資本」概念を通して、経済にも配慮した「社会資本主義」が浮かび上がるとする注5)

パーソンズによれば、適応能力の上昇は「より広い範囲にわたって諸資源(資源や労働力)が、各社会構成組織の利用に供せられることになり、各組織の活動が、それ以前の組織がもっていたさまざまな制約のいくつかから解放されるに至るような過程」(パーソンズ、1971=1977:41)とされている。要するに、図1はパーソンズのいわゆるAGIL全般を包括したモデルとして構想した。

図1 社会資本主義の構造
(注)金子作成

どのような「社会主義」と「資本主義」の移行か?

大西氏は「社会主義」と「資本主義」の移行を表明されている。ただし、「SocialismとはSocialized Societyのこと」(大西①リプライ)では権力の問題が抜け落ちていて、社会学での「社会化」は生まれてきた子どもが徐々に社会性を身につけるプロセスを指すから、より詳しい説明が求められる。

同じく「CommunismとはEqualized Societyのこと」(大西①リプライ)でも、資本主義も社会主義(共産主義)も格差も不平等も内包しているから、その内容の詰めが欲しい。

子どもを「効用関数」で論じることへの疑問にもリプライがほしい

そしていつでも構わないので、もう一つの疑問点とした子どもを「効用関数」で論じることに対してもリプライしてほしい。誤解なきように追記しておけば、私の問題意識は「マルクスを現代的に再生したい」(大西②リプライ)のではない注6)

仮にも「人口減少」「家族」「少子化」「子育て支援」などを論じるには、「ホモ・エコノミクス」の人間モデルでは「効用関数」への誘惑が邪魔して、現実的な成果が得られないだろうと危惧したにすぎない。

学問の有効性判断

さらに学問の有効性判断は、「大西②リプライ」で「TPP反対」や「映画マルクス・エンゲルス」を引いて強調された「利益」の有無ではなく、「人口減少」や「家族」に関連する問題解決力のためのパラダイムの優劣の相違による。

そのために現今の社会科学から模索したいことは、「要するに人口減が資本主義で解消されるのかどうか」ではなく、「3000万人の人口減少」に適応した「新しい資本主義」パラダイムの構築であり、その競争にこそ衆知を集める段階にある。

なぜなら、すべての数理経済学者が「各人(親)は子供より自分のほうが大事」(大西②リプライ)と仮定しているとは、社会学ではとても考えられないからである。

注1)併せて、濱田康行(2024)参照。

注2)翌2月12日に、主として濱田論文へのリプライが「要するに人口減が資本主義で解消されるのかどうかという問題②」が掲載された(以下、大西②リプライと略称)。ただ不思議なことに、「大西②リプライ」では、途中から濱田氏ではなく澤村氏が登場するが、この理由は定かではない。

注3)大西氏からの私ども二名へのリプライについて、「星光」氏からのコメントがあり、大西氏とのやり取りが続いている。この「意見交換」=「論争」こそ私どもの狙いでもあったので、今後の広がりに期待するものである。

注4)詳しくは金子(2024b)を参照のこと。大西氏の2120年の総人口予想は3900万人であったが、Dケースであれば、2100年で5100万人となる。その20年後の人口減少の予測は難しい。

注5)このモデルは「経済を取り払った社会を理論的に研究する現代の社会学には、もはや未来がない」(シュトレーク、2016=2017:335)という指摘に触発されたものである。

注6)その意味で、斎藤幸平(2020)の立場にも批判的である(金子、2023)。

【参照文献】

  • 濱田康行,2024,「【経済学の観点から】「『少子化論』に対する『数理マルクス経済学』の限界」アゴラ言論プラットフォーム(1月25日).
  • 金子勇,2023,『社会資本主義』ミネルヴァ書房.
  • 金子勇,2024a,「【社会学の観点から】「『少子化論』に対する『数理マルクス経済学』の限界」アゴラ言論プラットフォーム(1月25日).
  • 金子勇,2024b,「『子育て共同参画社会』から見た『共同養育社会』論」 アゴラ言論プラットフォーム(2月4日).
  • 大西広,2023,『「人口ゼロ」の資本論』講談社.
  • 大西広,2024a,「要するに人口減が資本主義で解消されるのかどうかという問題①」アゴラ言論プラットフォーム(2月11日).
  • 大西広,2024b,「要するに人口減が資本主義で解消されるのかどうかという問題②」アゴラ言論プラットフォーム(2月12日).
  • Parsons,T.,1971,The System of Modern Society, Prentice-Hall,Inc.(=1977 井門富二夫訳『近代社会の体系』至誠堂).
  • パーソンズ・倉田和四生訳,1984,『社会システムの構造と変化』創文社.
  • 斎藤幸平,2020,『人新世の「資本論」』集英社.
  • Streeck,W.,2016,How Will Capitalism End? -Essays on a Falling System,Verso.(=2017 村澤真保呂・信友建志訳『資本主義はどう終わるのか』河出書房新社).

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