欧州の「独自の核抑止力待望論」:欧州の長い平和の時代が終わるとき

ドイツ南部バイエルン州の州都ミュンヘンで16日から18日まで第60回ミュンヘン安全保障会議(MSC)が世界各地から国家元首、政府首脳、軍事問題専門家などを招いて開かれる。MSCはスイスの世界経済フォーラム(通称ダボス会議)の安全保障版と受け取られ、毎年、ドイツ南部のミュンヘンで参加者が世界の紛争防止、安全保障問題などについて話し合う。報道によると、ウクライナのゼレンスキー大統領も参加する。

記者団の質問に答えるストルテンベルグNATO事務総長(2024年02月15日、ブリュッセルで、NATO公式サイトから)

ところで、MSC会議の直前、トランプ前米大統領が今月10日、サウスカロライナ州の選挙集会で、「北大西洋条約機構(NATO)がロシアから攻撃されても、米国は軍事支出が少ない加盟国を守らない」と受け取れる発言をしたことが報じられると欧州で大きな動揺と困惑が生じている。MSCではトランプ発言について参加者の間でホットな討議が行われる見通しだ。

MSCの開催に先駆け、ドイツのジグマ―ル・ガブリエル元外相は独週刊誌シュテルンに寄稿し、「欧州には信頼できる核の抑止力が不可欠だ」と語っている。同氏は、「このテーマを考えなければならない時が来るとは考えてもいなかったが、欧州の抑止力を高めるためには欧州連合(EU)における核能力の拡大が必要な時を迎えている。米国の保護はもうすぐ終わりを告げる。欧州の安全の代案について今すぐ議論を始めなければならない。私たちがこの質問に答えなければ、他の国が答えてしまうだろう。例えばトルコだ」と指摘し、欧州の自主的な核抑止力の強化を強調している。

ガブリエル氏は、「欧州の安全保障を強化するにはドイツとフランス、理想的にはイギリスと協力した大規模な戦略的攻撃力を構築することだ。例えば、トランプ氏が再びホワイトハウスの住人となった場合、米政権がウクライナへの支援を拒否した時、欧州はどのようにしてウクライナを支援するかについて明確にする必要がある。ドイツを含め、欧州はそのような脅威についてまだ真剣に認識していないのではないかと懸念する」と述べている。

欧州議会選でドイツ社会民主党(SPD)の筆頭候補者カタリーナ・バーリー氏は「ターゲスシュピーゲル紙」との会見で、「トランプ氏の最近の発言を考慮すると、欧州は米国の核の傘にもはや信頼することはできない」と指摘し、EUに独自の核抑止力が必要であると示唆している。

興味深い点は、ガブリエル氏もバーリー氏もSPDに所属していることだ。ドイツでは過去、軍事力の強化などの安保問題では中道右派「キリスト教民主社会同盟」(CDU/CSU)が議論を先行させてきたが、ウクライナ戦争が始まって以来、SPDが軍事力の増額やウクライナへの武器支援などで積極的に論議している。ガブリエル氏は、「欧州最大の経済大国ドイツは欧州の抑止力強化に関する議論を主導していくべきだ」と、SPD主導のショルツ現政権に発破をかけているほどだ。ちなみに、CDU/CSU国会議員団のヨハン・ワデプル副議長は、「現時点ではそのような目標(欧州独自の核抑止力)には政治的、戦略的、技術的、財政的根拠がない」と、バーリー氏の独自の核抑止力論について時期尚早と受け取っている。

欧州の核抑止力は現在、NATOがその責任を果たしている。ストルテンベルグNATO事務総長は、「欧州全土でNATOの核抑止力を維持することは米国の利益と依然合致している」と説明、近未来、米国の戦略が変わることはないと強調している。

現在、EUで独自の核兵器を保有している国はフランス1カ国だ。英国も核保有国だが、EU離脱(ブレグジット)以降はEU加盟国ではない。米国の核の傘の代わりに、フランスの戦略核が欧州の核の傘の役割を担えばいいという主張もあるが、核拡散防止条約(NPT)の制約もあって実行には難しい問題がある。米国の核兵器は現在、欧州ではイタリア、ベルギー、オランダ、ドイツのラインラント・プファルツ州のビューヒェルに保管されている。

なお、ドイツのボリス・ピストリウス国防相は、「平和を望む者は戦争の準備をしなければならない」と述べている。第2次世界大戦後、長い平和の時代を享受してきた欧州は、ロシア軍のウクライナ侵攻後、その安全保障政策の抜本的な見直しを強いられている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。