1月20日、JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」が月面着陸に成功した。日本では初、世界では旧ソ連・米国・中国・インドに次ぐ5カ国目となる。やや出遅れた感があるが、それでも「世界初」が2つある。
1つはピンポイント着陸だ。
これまでは「降りやすい場所に降りる」、いわば「当てずっぽう」の着陸であり、目標地点から数キロ(から10数キロ)の誤差があった。一方、SLIMが行ったピンポイント着陸は「降りたい場所に降りる」、いわば「狙い撃ち」の着陸である。目指したのは誤差100メートル以内。今回は目標地点から55メートル付近に着陸することに成功した。
もう1つは複数ロボットによる月面探査だ。
SLIMは、「LEV-1」と「LEV-2」2機の探査ロボットを搭載し、それぞれ送信・撮影のミッションを成功させた。注目が集まったのは、「LEV-2」(愛称SORA-Q)だ。理由は、開発したのが、最先端技術を持つ大企業ではなく、おもちゃメーカー「タカラトミー」だったからだ。
直径8センチの野球ボールサイズ。重量250グラムの「球形」超小型探査ロボット。SORA-Qの月までの旅を辿る。
ミッション成功
SLIMが着陸する少し前。地上5メートルの地点で、SORA-Qは月面に放出された。
「ボトッ」(月面なので音はしないのだが……)
着地と同時に、月の細かい砂(レゴリス)が埃のように舞う。地球の6分の1の重力とはいえ、5メートルの高さからの落下だ。それなりの衝撃はある。だが耐えられるはず。衝撃を緩和するため「球形」にしたのだ。
「ガシャッ」
球の外殻が割れ、左右に広がり拡大する。この2つの外殻がSORA-Qの脚となる。同時に上部からカメラが飛び出る。SORA-Qの眼だ。後部からは尻尾も飛び出す。スタビライザーだ。これでバランスをとる。変形を完了させたSORA-Qは、ウミガメのようにパタパタと脚を動かし、SLIMから遠ざかりながら、写真を撮影していく。
「トランスフォーマー」の変形機能、「ZOIDS(ゾイド)」の駆動機構、「アイソボット」のバランスセンサー(※)。SORA-Qは、これまでタカラトミーが培ったノウハウの集大成である。
※
・トランスフォーマー:変形前後でパーツが変わらない「完全変形」と全身可動を特徴とする変形ロボット玩具シリーズ。米国でアニメやコミックが大ヒットし、2007年からスピルバーグらにより実写映画化されている。
・ZOIDS(ゾイド):恐竜や動物をモチーフとしたメカ生命体玩具。電動モーターやゼンマイにより、本物の生命体のような動きを実現している。
・アイソボット(Omnibot 17μ i-SOBOT):身長16.5センチの二足歩行ヒューマノイド型ロボット。バランスをとりながら多彩なアクションが可能。ギネスブックに「世界で最も小さな人型の量産ロボット」として登録されている。
ホームページでたまたま見つけたプロジェクト
タカラトミーが、この月探査プロジェクトに応募したきっかけは、ホームページだった。
「 昆虫型ロボット共同研究パートナー募集(2015年 第一回RFP)」
当時、タカラトミー研究開発部長だった渡辺公貴氏(※)が、たまたまJAXAのホームページでこれを見つけた、という。
※ 現在は同志社大学 生命医科学部医工学科 教授としてプロジェクトに参加
テーマが「宇宙開発ロボット」だったら見過ごしていた。「昆虫型ロボット」だったから引っかかった。昆虫型玩具ロボットなら、これまでいくつも作っている。私たちの技術が活用できるのでは。そう考えた。
社内で提案すると「面白いからいいんじゃないか」と好反応が返ってくる。開発部長+2名の少人数体制でプロジェクトを開始した。
月まで移動するために
大きな課題は2つ。1つは「月まで運ぶ」ための小型化・軽量化、もう1つは「月面で移動する」ための駆動方法の開発だ。
SLIMに搭載できるのは、「直径8センチ、質量は300グラム」まで。この条件をクリアしないと月まで辿り着けない。より小さく軽く高性能にするためにはどうすればいいか。「昆虫型」にこだわる必要はないのでは……いや、いっそのこと
「変形させたらどうか?」
これまで、トランスフォーマーなどで何千体もの変形玩具を研究してきた。このノウハウを活用し、変形するロボットにしたらどうだろう。「球形」にすれば場所を取らない。着地したときの衝撃も少ない。探査するときは、活動しやすい形状に「変形」させれば良い。
運ぶときは小さく。活動するときは大きく。
方針が決まった。その他にも工夫を凝らす。部品を減らすため、外殻を「車輪」に兼用する。どの向きで着地しても体勢を正せるよう、尻尾(スタビライザー)をつけ、変形時に飛び出させる。完成した筐体は「変形前」8センチ、重量250グラム。JAXAの規定内だ。1つ目の課題はなんとかクリアできた。
月面で移動するために
ところが、もう1つの課題「駆動方法の開発」が難航する。
細かい月の砂「レゴリス」が邪魔をする。回転する車輪が砂に埋もれ、前に進めない。いわゆる「スタック状態」だ。
解決のヒントになったのはウミガメだった。ウミガメの赤ちゃんは、ヒレをパタパタと動かし、器用に砂浜を歩いている。この動きを再現できないか……できる! 恐竜型ロボット玩具「ZOIDS(ゾイド)」シリーズで採用した、偏心軸だ。回転軸を中心からずらし、胴体を上下に「ガッタン、ガッタン」と揺らして、迫力ある動作を演出した。今回は演出ではない。実用だ。耐えうるだろうか。
SORA-Qの外殻の中心軸をずらし、車輪ではなく「脚」として使ってみる。すると、レゴリスの上を難なく「パタパタ」と歩いていくではないか。これまで「5度」の坂がやっとだった登坂能力も、実験場では「30度」を登るまでに向上。世界最小・最軽量、そして高性能。「球形」月面探査ロボットの完成だった。
月面で待つSORA-Q
SOLA-Qが月面で撮影した写真は、「LEV-1」を経由し、和歌山大学のアンテナに向け直接送信された。届いた写真の中央にはメインエンジンが上を向いた「SLIM」が、手前にはSORA-Q自身の車輪が写っている。
着陸、変形、移動、撮影、そして送信。
全ての役割を終え、バッテリーが切れたSORA-Qは、月面にそのまま残る。12月のJAXAの会見で、主任開発研究員・平野大地氏は、以下のように述べた。
「皆さん(子どもたち)が宇宙飛行士になって回収してくれるのを待っている」
SORA-Qから学ぶ
SORA-Qの変形技術の源流は、ロボット玩具「トランスフォーマー」である。そもそも、なぜ「変形」させたのか?
「トランスフォーマーは、宇宙からやってきたロボ生命体。ふだんは、(トラックなど)地球の乗り物に変形して、目立たないようにしている。戦うときだけロボ生命体の姿に戻る」
この、子どもたちの世界観を壊さないためだ。一般メーカーから見れば「有用性」が低い変形技術だが、タカラトミーの見方は異なる。同社のトランスフォーマー開発者・國弘高史氏は、「変形」について取材者に以下のように語っている。
國弘氏:(お気に入りのトランスフォーマーを見せながら)変わった変形パターンがうまくできたので気に入ってるんです。蛇からロボットに変形するんですけど……。
――あれ? 足がないですよね。
國弘氏:これはね。こうすると……。
――おおーっ!
國弘氏:ね、面白いでしょ。これは割と気に入っていますね。驚きのある変形。変形ロボやから、やっぱり変形が楽しいといいじゃないですか。
(トランスフォーマーの神様”が語り尽くす! 変形ロボット開発秘話 – 価格.comマガジン)
楽しそうだ。「有用性」なんて意識していない。子どもたち――あるいは少年の心をもつ大人たち――を楽しませるため、自身も楽しんでいるように見える。
「イノベーション」は、このようにして生まれるのではないか。
今、世界で役立っている技術は、発見時は有用ではなく、発見者も有用性など意識していなかったものが大半だ。GPSに用いられている相対性理論しかり。マイクロプロセッサーに用いられている量子力学しかり。どちらも、発見から数十年経過して、ようやく実用に供されている。
タカラトミーは、トランスフォーマー発売の1984年以降、40年間「変形技術」を研究し続けてきた。
SORA-Qの活動時のサイズは13センチ。月まで運べるのは8センチだった。5センチサイズダウンできたのは、「変形」技術があったからだ。タカラトミーの培った技術は、「変形」という演出用の技術から、「ダウンサイジング」という実用的な技術として結実した。
「既存の技術を、従来とは異なる用途に用いて有用性を高める」
これは「イノベーション」そのものだ。
日本企業からイノベーションが生まれない、と言われて久しい。役に立つ・立たないの判断を急がないこと。短期的成果を求め過ぎないこと。日本企業が、SORA-Qから学べることは多いのではないだろうか。
【関連記事】
・タカラトミー「変形」技術で月面へ | アゴラ 言論プラットフォーム
【参考】
- JAXA公式サイト、JAXA公式Youtubeチャンネル
- タカラトミー公式サイト、公式Youtubeチャンネル
- おもちゃ meets 宇宙! 月面を探査する変形ロボット「SORA-Q」の生みの親、同志社大学の渡辺公貴先生に聞く開発秘話 | ほとんど0円大学
- おもちゃの技術満載、世界最小の月面ロボ「SORA-Q」がすごい!|三菱電機 DSPACE
- Forbes JAPAN Xtrepreneur AWARD グランプリプロジェクトに聞く「共創価値と社会実装」
- 日本の探査機「SLIM」が月面着陸成功、搭載カメラ「SORA-Q」の撮影成否は1~2週間後に判明:東京新聞 TOKYO Web