突然ですが、“Date of Birth”という福岡のバンドをご存知でしょうか? 現代的にはあまり知名度は高くないかもしれません。
ただ、1980年代後半から1990年代にかけて数々のTVドラマやアニメ、CMで曲が起用されていました。独特なポップセンスと曲調なので、曲を聞けば「あ、わかる!!」という方も多いことでしょう。
特に有名なのは三上博史が多重人格者を怪演した衝撃的な月9ドラマ、『あなただけ見えない』の主題歌でしょう。ダークでおしゃれな曲調がドラマをさらに盛り上げていました。いわゆる「玄人好み」のカッコいいバンドでした。
福岡のバンドの驚くべき決断
さて、なぜ今このバンドの話題を持ち出したのでしょうか?単に、私が好きなバンドだから…というわけではありません。
もちろん理由があります。あなたの物語を整えるために、このバンドの話が必要だったのです。このバンドのあるエピソードは、現代社会の生き方を考える上で重要なヒントになります。そのヒントとは、このバンドの驚くべき決断にあります。
実はこのバンド、抜群のポップセンスが評価されて、当時の世界を席巻していた巨大音楽レーベルであるヴァージン・グループから「世界で活躍しよう!!」というオファーをもらいました。
当時のヴァージン・グループと言えば、世界で飛ぶ鳥を落とす勢い。そんなレーベルから世界デビューなんて、当時のミュージシャンであれば最高のオファーです。
ですが、彼らはこのオファーを断ってしまいます。なんともったいない…。一体、何を理由に彼らはこのようなビックオファーを断ってしまったのでしょう?
幸せの国ブータンの今
その答えをご紹介する前に、ちょっとだけ話を変えさせてください。2013年に話題になったブータンという国を覚えておいででしょうか?
世界でもっとも経済規模が小さい国の一つです。インフラの整備も遅れています。
その中で当時のWHOの世界幸福度ランキングで第8位!! なお、この当時の日本は43位でした。ブータンがどれだけの快挙を成し遂げたかわかりますよね!
「豊かさと幸福は関係ないかもしれない…」という期待を抱かせますよね。夢があります。ということで当時はかなり話題になりました。
ちなみに、国王夫妻が来日したこともあります。その際には国王のビジュアルもかなり話題になりました。なんと、若い頃のアントニオ猪木さんにそっくり…。ダブルで私たちの関心をさらってくれる、夢のある国でした。
しかし、この幸せは長続きしませんでした。その後ブータンの幸福度世界は大きく下がっていて、現在は90位以下。日本よりも下です。
つまり、幸せを感じにくい国の一つになってしまいました。なぜ、こうなってしまったのでしょう?ブータンに何があったのでしょうか?
情報化という悲劇
その答えは「情報化」です。実は幸福度が高かった頃のブータンは「情報鎖国」でした。
情報がないので、自分たちの暮らしぶりを他所の国の誰かと比べることはありません。しかし、スマートフォンなどの情報端末が急速に普及し、ブータンの人々は「世界とつながる」ようになりました。
情報は役立つものでもありますが、時に危険なものでもあります。SNSを開けば豊かな国の誰かが自分たちの充実ぶりをアピールしています。キラキラした街並み、ゴージャスなパーティルーム、きらびやかなファッション、その中で楽しげに振る舞う人々…。
すべて、簡素な暮らしを営むブータンの多くの人々には縁遠いものです。そういった情報の渦に多くの人が秒速で巻き込まれてしまったのでしょうね。そして、自分たちが簡素で貧しい暮らしをしていることがわかってしまったのです…。
情報が幸せを奪った?
そう、残念ながら、ブータンにおける幸せは情報の洪水の中で押し流されてしまうものだったのです。ブータンの人々の多くは世界とつながって、幸福度を大きく落としてしまいました。何と悲しいことでしょう。
願わくば、ブータンの人々に「そんな物に興味はないよ。私たちはもう十分幸せだよ。」という姿勢で生き抜いていただきたかった…などと望むのは難しいことでしょう。なぜなら、人は誰かと自分を比べるように作られているのです。お互いに競い合うことで進化してきた生き物ですので、しかたがありません。
ブータンの悲劇、私たちには他人事でしょうか?
ですが、これは私たちにとって他人事でしょうか? 情報に晒されたことで幸せを見失ってしまったブータンの人々、私たちに似ていませんか?
私たちも日々、さまざまな情報に晒されています。SNS上の誰かの充実ライフ、高年収な友人知人の噂話、「もっと年収をあげられます」「もっと節税できます」「もっとキレイで健康になれます」「あなた損してますよ」などと謳うネット広告、これらの情報に影響を受けて、「私、大丈夫かしら…」などと心配になることはありませんか?
自分への心配=不幸ではありません。しかし、私たちの研究でも自分についてクヨクヨすることが「うつ病」の入口になることが知られています。幸せを感じにくくさせることは間違いありません。そう、ブータンの人々の幸福感の大きな下落、私たちにも他人事ではないのです。私たちはこの情報の渦の中でどうすれば良いのでしょうか?
福岡のバンドがオファーを断った理由
さあ、ここで“Date of Birth”がヴァージン・グループのオファーを断った理由をご紹介しましょう。この理由には、私たちが情報の渦の中でどのように心の健康を保てるのかを教えてくれる重大なヒントがあります。聞く人が聞いたら、「え、そんな理由で…」と驚くことでしょう。
その理由は「福岡を離れるのがめんどうくさい」というものでした。実はこのオファー、ロンドンに住むことが条件になっていました。そして彼らは世界的な活躍やそれに伴う名声やビッグマネー、セレブたちとの交流といった華々しい毎日よりも、「福岡に住み続ける」ということに価値を見出していたのです。
そう、彼らは「このままの私たち」に満足していて、「このままの私たちで出来る範囲の音楽活動で十分…」という自分たちの物語、言い換えれば自分たちの良き在り方(Well Being)がすでに確立していたのです。
彼らの中の魂のようなものが「福岡に住み続けたい」と訴えていることをよく知っていたのでしょうね。なので、「世界的な活躍も華々しい毎日も興味ありません」と、その情報をシャットアウトできたのです。
近年、このことは情報的健康と呼ばれています。身体の健康も食べるもので変わるように、心の健康も取り入れる情報で変わるのです。自分の心に悪い情報、不要な情報は取り入れない…これが大事なのです。
情報がブータンから幸せを奪ったわけではない
ここで、ブータンの人々の幸福が奪われた本当の理由がおわかりになったでしょう。情報化ではないのです。「自分はこれでいい、そんな情報は自分には関係ない」と自分の良き在り方に関係ない情報をシャットアウトできるだけの自分の物語がなかったからなのです。
残念ながら人間とは欲深い動物です。そして、損をしないために情報を欲しがる動物でもあります。そして、情報を得ると誰かと比較したり、自分についてクヨクヨしたりしてしまう生き物です。なので、誰もが、“Date of Birth”のように不要な情報をシャットアウトして、情報的健康を達成できるわけではありません。
あなたの「魂」が、あなたの物語を知っています
あなたはどうでしょう?「私はこれで十分…」というあなたの良き在り方の物語、見えていますか?もし、まだ見えていないとしたら、あるいは見失っているとしたら、どうかあなたの「魂」と対話して見つけてください。
「魂」の訴えは時に誰かとの比較や欲に覆い隠されて見えなくなってしまうこともあるでしょう。ですが、良き在り方の物語は、あなたの魂が知っています。誰かとの比較や、「もっと得したい」などの欲をかき分けて、ぜひあなたの魂を見つけてあげてください。
そして、お一人で難しいときはご一緒に考えましょう。日本にはそのための専門職、国家資格キャリアコンサルタントの有資格者がいます。
彼らとその支援団体であるキャリアコンサルティング協議会はあなたとご一緒にあなたの物語を見つけるために、日々、全力で準備しています。彼らとご一緒に考えるのもあなたの役に立つことでしょう。
もちろん、私もそのキャリアコンサルタントの一人です。ぜひ、ご一緒にあなたの物語を整えましょう。
【関連記事】
・【ゆるキャリ】第1回 そして、ブータンは幸せの国ではなくなった:相談のプロが提案する意外な幸せを守る方法とは?
■
杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
臨床心理士(公益法人認定)・公認心理師(国家資格)・1級キャリアコンサルティング技能士(国家資格)。
1990年代後半、精神科におけるうつ病患者の急増に立ち会い、うつ病の本当の治療法と「ヒト」の真相の解明に取り組む。現在は大学で教育・研究に従事する傍ら心理マネジメント研究所を主催し「心理学でもっと幸せに」を目指した大人のための心理学アカデミーも展開している。
日本学術振興会特別研究員などを経て現職。企業や個人の心理コンサルティングや心理支援の開発も行い、NHKニュース、ホンマでっかテレビ、などTV出演も多数。厚労省などの公共事業にも協力し各種検討会の委員や座長も務めて国政にも協力している。
サッカー日本代表の「ドーハの悲劇」以来、日本サッカーの発展を応援し各種メディアで心理学的な解説も行っている。