「兄弟」の話をする。ここでは弟アベルを殺した兄カインの人類最初の殺人事件の話を繰り返すつもりはない。ロシアのプーチン政権と習近平国家主席の中国共産党政権が“兄弟のように似ている”という話だ。
なぜ改めてそうのように感じたかを以下、説明したい。
ロシアは旧ソ連共産党政権の後継国だから、程度の差こそあれ70年以上の共産国の歴史を引きづっている。一方、中国共産党政権は依然、共産党一党独裁の国家だ。その意味から、両国の国体は酷似している。ロシアで多くの国民が粛清され、弾圧されているように、中国でも人民は弾圧され、法輪功メンバーたちは生きたまま臓器を摘出されるといった非人道的な犯罪が国家の管理のもとで運営されている。
ロシア軍からウクライナに亡命した28歳のパイロットが「ウクライナ戦争に関与したくない」と決意し、キーウに亡命。その後、スペインで亡命生活を送っていたが、19日、銃弾を受けて殺害されているところを発見された。冷戦時代は西側に政治亡命すれば、例外もあったが、何とか身の安全を確保されたが、プーチン政権と習近平政権の時代に入ると、亡命者は国外に逃げても安全とはいえなくなった。ロシアの青年パイロットのように執拗に追及され、最悪の場合、モスクワや北京から派遣された刺客に殺されてしまう。政治亡命者は今、冬の時代を迎えているのだ。
グローバリゼーション時代の影響だという人もいるかもしれない。どの国に逃げても、世界は昔のように大きくはなく、亡命者の隠れ場所は発見され、毒薬、ドローン、銃殺などの手段で殺されてしまう危険が排除できなくなってきたのだ。
例えば、スイスは昔、母国で迫害され、生きる場所を失った亡命者の隠れ地といわれ、世界から逃げてきた人々が住み着いた。ウラジーミル・レーニンはスイスに逃れ、革命を計画し、ジャン・カルヴァンはスイスに逃れて宗教改革を起こした。21世紀の現代、アルプスの小国スイスに亡命しても安全とはいえなくなった。ロシアの元石油王、ユコス社社長だったミハイル・ホドコフスキー氏は2012年末に釈放されると一時期、スイスに亡命したが、現在はロンドンに生活している。安全問題があったからだ。
ロシアの亡命者殺人事件は過去、多数起きている。例えば、英国で2018年3月4日、亡命中の元GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)のスクリバリ大佐と娘が、英国ソールズベリーで意識を失って倒れているところを発見され、調査の結果、毒性の強い神経剤が犯行に使用されたことが判明した。犯行は当時、GRUの関与が囁かれた。ちなみに、ロシアではGRUの他、ロシア連邦保安庁(FSB)とロシア対外情報庁(SWR)が海外で亡命者暗殺計画を実行する(「英国のスクリバリ事件の『核心』は?」2018年4月21日参考)。
一方、中国共産党政権もプーチン政権に負けないほど海外亡命者狩りに専心している。中国共産党政権が海外に自国の警察署を設置、自国の反体制派活動家を監視しているというニュースが流れている。中国が海外に住む自国民を監視していること自体は新しいことではないが、その監視体制が強化されてきているのだ。
スペインに拠点を置く「セーフガード・デファンダース」は「中国の国境外で警察活動は野放しになっている」として、「中国は世界21カ国、54カ所に『海外警察サービスセンター』を設立している。それらのほとんどはヨーロッパにあって、スペイン9カ所、イタリア4カ所、英国では、ロンドン2カ所、グラスゴー1カ所が発見されている」という。中国側は「海外に住む中国人へのサービスセンターだ」と説明しているが、「セーフガード・デファンダース」は、「中国共産党政権を批判する海外居住国民を監視し、必要ならば強制的に帰国させる機関だ」という。海外拠点の中国警察関係者から嫌がらせの電話や脅迫を受けた海外居住中国人が少なくないという。
当方は2005年11月3日、シドニー中国総領事館の元領事で同年夏、オーストラリアに政治亡命した中国外交官の陳用林氏(当時37歳)とウィーンで会見した。同氏は江沢民国家主席(当時)が1999年に創設した「610公室」のメンバーだった。「610公室」は超法規的権限を有し、法輪功の根絶を最終目標としている。中国反体制派活動家たちは「610公室」を中国版ゲシュタポ(秘密国家警察)と呼んでいる。陳用林氏はオーストラリアにいる中国人社会を監視し、法輪功メンバーがいたらマークするのが任務だった。彼は自身の任務に疲れ、その職務に疑問を感じて亡命した。
中国共産党政権は2014年、「社会信用システム構築の計画概要(2014~2020年)」を発表した。それによれば、国民の個人情報をデータベース化し、国民の信用ランクを作成、中国共産党政権を批判した言動の有無、反体制デモの参加有無、違法行為の有無などをスコア化し、一定のスコアが溜まると「危険分子」「反体制分子」としてブラックリストに記載し、リストに掲載された国民は「社会信用スコア」の低い2等国民とみなされ、社会的優遇や保護を失うことになる。中国では顔認証システムが搭載された監視カメラが既に機能しているから、「社会信用スコア」の低い危険人物がどこにいてもその所在は直ぐに判明する。その監視システムの対象が海外に住む中国人にまで広げられてきているのだ(「中国、海外にも自国警察署を設置か」2022年10月28日参考)。
参考までに、北朝鮮もロシアと中国両国と同様、海外に住む脱北者への監視を強めている。マレーシアのクアラルンプール国際空港での金正男氏殺害事件(2017年02月13日)を思い出す読者もいるだろう。いずれにしても、独裁国家と呼ばれるロシア、中国、北朝鮮は国外に亡命した国民からその監視の目を外さない、蛇のような執拗さがあるのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。