ロシアでは「女性」も「母親」も強し

ロシアの著名な反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏(47)が16日、シベリア北極圏ヤマルの刑務所で死去した。明確な死因については不明だ。同氏の死の連絡を受けたナワリヌイ氏の母親リュドミラさんは22日になって息子の遺体に対面できたが、ロシア当局はナワリヌイ氏の密葬を要求した。それに応じない場合、ナワリヌイ氏が亡くなった刑務所内で埋葬すると警告したという。刑務所側は24日になってナワリヌイ氏の遺体をようやく母親に引き渡した。

バイデン米大統領に面接したナワリヌイ氏の夫人、ユリアさん(ホワイトハウス公式サイドから、2024年2月22日)

ナワリヌイ氏の報道官キラ・ジャーミッシュ氏は24日、X(旧ツイッター)で、「ナワリヌイ氏の遺体は母親に引き渡された。遺体引き渡しのために連帯してくれた全ての人々に感謝する。家族の希望通り、そしてアレクセイさんにふさわしい葬儀の催しが出来るが否かはまだ分からない」と述べている。

刑務所側が遺体の引き渡しを亡くなってから1週間余り拒否したのは、ナワリヌイ氏の死因が判明するのを恐れていたからではないかと推測された。反体制派活動家の遺体引き渡しを拒否するロシア当局に対して、国際社会からも強い批判が起きていた。ナワリヌイ氏の遺体には多数の殴打された跡があったともいわれた。また、虐待で死去した場合、その痕跡が司法解剖などで判明する可能性があったために一定の時間が必要だった、といった憶測情報が流れていた。

ナワリヌイ氏は昨年末、新たに禁錮19年を言い渡され、過酷な極北の刑務所に移され、厳しい環境の中、睡眠も十分与えられず、食事、医療品も不十分な中、独房生活を強いられてきた。刑務所管理局FSINは16日、「ナワリヌイ氏は流刑地で散歩中、意識を失って倒れた。救急車が呼ばれ、緊急救命措置が取られたが無駄だった」と説明してきた。ナワリヌイ氏の関係者によると、死亡診断書には「自然死」と記載されていたという。

ナワリヌイ氏の報道官は、「ナワリヌイ氏の母親は、家族だけでなく支持者の皆さんに別れを告げることができるよう、公の葬儀を行うよう求めている」と説明。ナワリヌイ氏の母親は、モスクワのホバンスコエ墓地への埋葬を望んでいるという。

一方、ナワリヌイ氏の夫人ユリア夫人と娘は22日、バイデン米大統領と面接している。夫の遺志を継承して反プーチン運動をすると表明したユリア夫人はビデオメッセージで、「プーチンは自身を敬虔な正教徒と自称しているが、夫の遺体をもてあそぶ悪魔主義者だ。夫を拷問し、彼の遺体を傷つけている。彼はあらゆる人間の法則と神の法を破っている。プーチンはロシア正教の教会でろうそくを手にポーズをとり、聖像にキスをしているが、実際には憎しみと復讐心によって動かされている。真のキリスト教徒なら、亡くなったアレクセイに対して今やっているようなことはできないはずだ」と述べている。

ナワリヌイ氏は2020年8月、シベリア西部のトムスクを訪問し、そこで支持者たちにモスクワの政情や地方選挙の戦い方などについて会談した後、モスクワに帰る途上、機内で突然気分が悪化し意識不明となった。同氏の治療に当たったベルリンのシャリティ病院はナワリヌイ氏の体内からノビチョク(ロシアが開発した神経剤の一種)を検出した。何者かが同氏を毒殺しようとしていたことを裏付けた。回復後、モスクワに戻った直後、当局に拘束され、最終的には19年の禁固刑の有罪判決を受け、シベリアの流刑地で収監されていた。

モスクワからの報道によると、ロシアでは24日、警察当局の厳しい監視と暴力にもかかわらず、多くの国民はナワリヌイ氏とモスクワのウクライナに対する侵略戦争開始2周年を追悼した。治安当局は多数の追悼者を逮捕している。独立系ポータルサイト「OVD.info」には、24日夕方時点で49人の逮捕者が出たという。

このコラム欄でも報道したが、ウクライナ戦争に動員されたロシア兵士の親族による「息子、夫を家に帰せ」という抗議活動(プーチ・ダモイ運動)が広がり、モスクワとエカテリンブルク市では警察当局が抗議デモに参加した女性たちを逮捕している。彼女たちは「動員されたが、500日が過ぎたが、夫や息子がまだ戻ってこない」と訴えている。ロシア当局は1980年代末から90年代初めにかけ起きた「息子、夫を返せ」という大規模な女性運動の再現を恐れている(「プーチン氏と『ブーチ・ダモィ運動』」2024年2月12日参考)。

ナワリヌイ氏の遺体を取り戻したのは母親リュドミラさんだった。フランスの作家ヴィクトル・ユーゴは「女は弱し、されど母は強し」という有名な言葉を残したが、ロシアでは女性も母親も強い。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。