2月29日、本年度最後の文化審議会著作権分科会法制度小委員会を傍聴した。同小委は2月12日締切りで実施した「『AI と著作権に関する考え方について(素案)』に関する意見募集」の結果を発表するとともにそれを受けての素案の見直しを紹介した。
意見募集の結果
資料1「『AIと著作権に関する考え方について(素案)』に関するパブリックコメントの結果について」(以下、「資料1」)のとおり、25000件近い意見が寄せられた。
「続・AIと著作権についての文化庁素案を検証する」で紹介し、全面的に賛同した「知財学者意見」については、資料1のNo.8によると知財学者のほかAI関連の8団体が次のような意見を提出した。
意見概要:
著作権法の条文(特に30条の4のように明確性と柔軟性のバランスを図る趣旨で設けられた柔軟な制限規定)の解釈については、裁判所による判断が示されていくのが本筋であるが、解釈や結論が大きくわかれるような具体的な事例や仮想的なものに過ぎない事例についてまで過度に踏み込んだ考え方が示されている記述がある。本素案がこのまま確定することによって、権利者による現行の著作権法の拡大解釈が行われ、日本のAI開発に大きな萎縮的効果が発生することを強く懸念する。
ほか、今回の素案の内容が踏み込みすぎているとの懸念の意見
素案(2月29日時点版)「1はじめに」
これを受けて、資料2-2「『AI と著作権に関する考え方について(素案)』(令和6年2月29日時点版)」(以下、「素案(2月29日時点版))は、「1. はじめに」を3分割して大幅に加筆した(2)で以下のように記す。
(2)本考え方の位置づけ・性質
著作権法は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送(著作物等)について、著作者の権利及びこれに隣接する権利(著作権等)といった、私人の間における権利・義務関係を規定する法である。
そのため、生成AIに関するものに限らず、著作権法の解釈は、行政規制のように行政がその執行に当たって何らかの基準を示すといった性質のものではなく、本来、個別具体的な事案 に応じた司法判断によるべきものである。
しかしながら、生成AIと著作権の関係を直接的に取り扱った判例及び裁判例は、この「AIと 著作権に関する考え方について(素案)」(以下「本考え方」という。)公表の時点で未だ乏しいところ、上記のような生成AIと著作権の関係に関する懸念を解消するためには、判例及び裁判例の蓄積をただ待つのみでなく、解釈に当たっての一定の考え方を示すことも有益であると考えられる。
生成AIと著作権の関係については、民間の当事者間におけるガイドラインの策定などによって考え方が整理されることが望まれるが、こうした民間における対応も未だ途上であるところ、社会における生成AIの急速な普及と相伴って生成AIと著作権の関係に関する懸念の声が社会に広がる中で、このような懸念の解消が可能な限り迅速に図られる必要があった。
そこで、文化審議会著作権分科会法制度小委員会(以下「本小委員会」という。)においては、クリエイターや実演家等の権利者、生成AIの開発・サービス提供等を行う事業者、生成AIの利用者といった関係者からのヒアリング等を行い、また、AI戦略会議4、AI時代の知的財産権検討会5(内閣府知的財産戦略推進事務局)等の他の会議体における検討状況も踏まえ、AIと著作権法の関係における現行法の適用関係などに関する各論点について議論を行った。
本考え方は、上記のような生成AIと著作権の関係に関する懸念の解消を求めるニーズに応えるため、生成AIと著作権の関係に関する判例及び裁判例の蓄積がないという現状を踏まえて、生成AIと著作権に関する考え方を整理し、周知すべく取りまとめられたものである。本考え方は、関係する当事者が、生成AIとの関係における著作物等の利用に関する法的リスクを自ら把握し、また、生成AIとの関係で著作権等の権利の実現を自ら図るうえで参照されるべきものとして、本考え方の公表時点における本小委員会としての考え方を示すものであることに留意する必要がある。
なお、本考え方は、上記のとおり生成AIと著作権の関係についての考え方を示すものであって、本考え方自体が法的な拘束力を有するものではなく、また現時点で存在する特定の生成AIやこれに関する技術について、確定的な法的評価を行うものではない。個別具体的な生成AIやこれに関する技術の法的な位置づけの説明については、これを提供する事業者等において適切に行われることが望まれる。
素案(2月29日時点版)「6. おわりに」
筆者自身も「続・AIと著作権についての文化庁素案を検証する」で指摘したとおり、諸外国の状況も十分検証する必要があるとの意見を提出した。
これについても素案(2月29日時点版)「6. おわりに」に以下の脚注が加わった。
57. AIと著作権に関する検討は、著作権を含む包括的な検討の一部として行われているものを含め、各国において進行中である(本小委員会第3回・資料4「生成AIに関する各国の対応について」及び本小委員会第5回・参考資料5「広島AIプロセス等における著作権関係の記載について」参照)。
この点に関して、米国においてはフェア・ユースとの関係を含むAIと著作権に関する複数の訴訟が進行中であり、また、欧州連合(EU)においては「デジタル単一市場における著作権及び隣接権に関する指令」(DSM指令)においてAI学習データの収集を含むテキスト・データマイニングのための権利制限規定を設けることが加盟国に義務づけられているほか、AIに関する包括的な規制を設け、EU域外の事業者への適用も一部盛り込むAI規則案(AI Act)が立法過程にあることから、今後これらの動向が我が国に及ぼす影響等も踏まえつつ、検討を行うことが必要となると考えられる。
以上、まとめると、「素案(1月23日版)」に対して知財学者やAI関連団体が抱いた踏み込みすぎとの懸念は「素案(2月29日時点版)」でかなり解消された。
法改正を要求している権利者団体にとっては不満な内容かもしれない。しかし、「日本は機械学習パラダイスか?米生成AI訴訟判決は問う!」のとおり、2023年10月16日の法制度小委員会の資料1 で日本新聞協会が紹介している侵害事例は、いずれも米生成AI事業者によるもの。
このため、フェアユースが認められる可能性のある米国の状況を見極めることなく、法改正することは技術力、資金力で米国勢や中国勢にかなわない日本の生成AI事業者を法制度面でも足を引っ張り、米プラットフォーマーを利する、「弱きをくじき」「強きを助ける」、逆効果を招きかねない。文化庁が現時点での法改正には踏み込まなかったのは正解である。
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