イスラエルの批判は国連機関に向かう

イスラエルとパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスの間で停戦交渉、人質解放が行われている。イスラム教の5行の一つ、ラマダン(断食の月)が今月10日から始まるが、その前に停戦が実現できるかは流動的だ。

国連総会で支援の継続を訴えるUNRWAのフィリップ・ラザリーニ事務局長(2024年03月04日、ニューヨークで、UNRWA公式サイトから)

そのような中で、イスラエル軍報道官は4日、ガザで活動する国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に「テロ組織の戦闘員450人以上が雇用されていた」と明らかにした。報道官は、「人道目的であるはずの国際社会の寄付金が大量殺人者の資金源となっていた」(カイロ発時事電)と厳しく批判している。同時期、ニューヨークからは国連のパッテン事務総長特別代表(紛争下の性暴力担当)がハマスのイスラエル奇襲テロの際、「ハマスによる性的暴力が起きていたことを実証する根拠が発見された」という趣旨の報告書を公表した。すなわち、UNRWA職員のハマスやイスラム聖戦のメンバーが性暴力を行っていた、というショッキングな内容だ。

上記の2件のニュースは一見、偶然に同じ日に公表されたように感じるかもしれないが、国際社会からのイスラエル批判の声が高まってきたことを受け、イスラエル側の情報攻勢ではないだろうか。そのターゲットは国連機関だ。ガザ北部で2月29日、支援物資を待っていた100人以上が死亡、多数が負傷した問題で、ガザの保健当局は、イスラエル軍の発砲で多数が犠牲になったと発表した。それを受け、国連は早速イスラエル軍の発砲を激しく批判している。そして国連安全保障理事会は2日、「深い懸念」を示し「イスラエルに対し、救援物資の迅速かつ安全な搬入を支持するよう要請する」とした報道機関向け声明を出したばかりだ。

そのような事情を考慮すると、上記の2件の外電は明らかにイスラエル側の情報攻勢といえる。その内容はプロパガンダでもフェイク情報でもない。イスラエル軍とガザ区のハマスとの間の戦闘は、昨年10月7日のハマスの奇襲テロから端を発していることを改めて想起させる狙いがあるはずだ。イスラエル軍の軍事攻勢への批判がハマスの奇襲テロ(1200人以上のイスラエル人が虐殺された)へのそれより高まることは少なくとも公平とはいえない。

イスラエル側が発表した「UNRWAに450人以上のハマス戦闘員が雇用されていた」という指摘は深刻だ。UNRWAは3万人以上の職員を抱え、そのうち1万3000人がガザで従事している。彼らの大部分はパレスチナ人であり、学校や医療機関での難民支援に従事している。問題は、学校でUNRWA職員のパレスチナ人教師が子供たちに反イスラエル、反ユダヤ民族の教育をしていることだ。学校はハマスの“戦闘員育成の予備機関”となっている。ネタニヤフ首相がガザ戦闘後の統治でUNRWAの解体を強く主張しているのは当然だろう。UNRWAがガザ区で第2、第3のハマスを養成している限り、イスラエルとハマスの戦いは終わらないからだ。

イスラエル外務省は4日、ハマスの奇襲テロでの性的虐待問題を扱った今回の報告書を軽視するような姿勢を取っているアントニオ・グテーレス事務総長に対して激怒し、イスラエルのカッツ外相は在国連イスラエルのギラド・エルダン大使を「直ちに協議するため帰国するように」と指示している。理由は「10月7日にハマスとその同盟者が犯した大量強姦に関する情報を国連側は隠蔽しようとしている」というものだ。

専門機関を含む国連機関は戦後、世界の平和実現、紛争防止を目標として創設され、世界各地で働いてきた。平和実現や紛争解決に成果があったこともあるが、国連は加盟国の外交舞台という事実に大きな変わりはない。その外交は国益重視を第一目標としている。そのような加盟国が寄せ集まったのが国連だ。だから、公平な判断や議論が難しいケースが出てくる。ウクライナ戦争でも安保理常任理事国にロシアや中国が入っている限り、ウクライナ問題で国際社会のコンセンサスを打ち出すことはできない。同じことがイスラエルとハマス間の戦闘でも言えることだ。

例えば、開発途上国の工業、経済の発展を支援する国連工業開発機関(UNIDO)は現在、中国が自国の利益のために完全に支配している。コンサルタントと呼ばれる中国職員がUNIDOに溢れている。彼らの一部は情報員だ。

UNIDOの李勇前事務局長は在任時期、2018年4月の中国メディアとのインタビューの中で、「 UNIDOは中国共産党と連携し、習近平主席が提唱した『一帯一路』関連のプロジェクトを推進させてきた」と述べ、本音を堂々と表明していた。李事務局長が2期の任期を終えると、ドイツのゲルト・ミュラー氏が2021年12月に就任したが、中国は新事務局長を北京に招き大歓迎したばかりだ。ミュラー氏自身も UNIDO最大の分担金拠出国の中国の言いなりになっている。(UNIDO第2の分担金を担う)日本を含む加盟国の資金が中国に利用されているのだ。

ハマスはこれまでパレスチナ人職員が運営するUNRWAに集まるパレスチナ人救援資金をテロ資金に利用してきた。救援資金を統治し、管理すべき責任があるUNRWAは他の国連専門機関と同様、ハマスにその統治権、管理権を奪われてしまっていたのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。