ふつふつとわき始めた日銀利上げへの牽制球:生活に影響するという甘えた声

日銀が3月、ないし4月の政策決定会合で金融政策の正常化に踏み込むのではないか、と報じられています。多くの専門家は4月の正常化予想が主流が占めます。理由は現在のインフレ傾向が一時的ではなく、恒常的と考えるほど長くなってきたこと、それを踏まえ日銀が利上げをするのにきっかけを探しており、そのタイミングとして植田総裁は春闘の結果を選んだのであります。

個人的には3月18-19日の会合で一部の正常化移行を前倒しに行い、4月に第2弾を行う分割正常化ステップを行うのではないかと予想しています。

ただ、ここにきて日銀に「そうはさせないぞ、また間違いを起こすのではないか」という牽制球がちらほら出てきました。例えば日経は「食品高、消費冷やす エンゲル係数は00年以降で最高 賃上げ、日銀政策にも影響」と銘打ち、景気は良くないじゃないかというトーンを掲載しています。日経は記事のポリシーが必ずしも一貫しているわけではなく、読み手に対して数いる記者の好みを選ばせる傾向が時としてあります。つまり、報道側として一貫した明白な路線提示というよりこんな見方もある、あんな見方もあると打ち出すことでいざという時の逃げ道対策のようにも見えます。

産経の田村秀男編集委員の記事「植田日銀は日本をデフレに引き戻す気か 需要縮小の元凶は実質賃金の低下だ」は週刊フジからの転載で正直、記事のトーンがタブロイド系の思慮にやや欠ける内容になっています。田村氏は産経でも屈指の編集委員だけにこの記事はやや驚きです。内容は過去、ミスを重ねた日銀がまた間違いを犯すのだろうと主張しているのですが、正直説得力はほとんどない内容です。

日本経済を不調に陥れたのは日銀ではないかとする日銀主犯説はバブル崩壊時に鬼とまで言われた三重野康氏、緩やかな量的緩和解除を目指した福井俊彦氏、煮え切らない白川方明氏など、要するにマネーの裁定者たる日銀がかじ取りを誤り続けたのが今日に至る日本の30数年にわたる経済低迷ではないかというもので、今回、植田総裁が挑む正常化政策も「また同じことになるのだろう」という勘繰りがあるわけです。

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個人的には日銀いじめの度が過ぎると考えます。金融政策は経済学的に最もアカデミックにアプローチする王道であり、その政策判断に実験ができないのです。その時々の経済事情で最適と思われる政策判断するわけです。しかも結果が出るまでには3-6か月もかかるのです。私が毎月、FOMCの後の記者会見を丹念に生放送で見るのは議長が政策決定に対してどれだけの信念を持ち、なぜそういう判断をしたのか、という考え方を見たいからです。当然その中では「違うんじゃないか」と思わせる判断の時もありました。ですが、大きな枠組みとして経済波動をとらえる点において機能してきたと思います。

では日銀はだめだったのか、といえば個人的には三重野さんの時には怒っていました。つまり鬼の三重野じゃなくて頑固な三重野だったわけでバブル崩壊の引き金を引いた犯人の一人だと思っています。福井氏の頃は日本にいなかったので何とも言えませんが、近年の日銀総裁では比較的評判がよかったのが福井氏だったのではなかったでしょうか?

同氏が総裁だった06年はアメリカが住宅バブルで浮かれていたころで日本も当時は73カ月も続いた「いざなみ景気」の真っ只中でした。ですが、日本がそこまで好景気感で盛り上がらなかったのはバブル崩壊の衝撃とその後のリカバリーにあまりにも時間がかかりすぎたことが原因だったと思います。福井氏の緩和引き締めは苦渋の選択だったのでしょう。白川さんはヘリマネ(ヘリコプターでマネーをばら撒くほどの大規模緩和策)まで踏み込めなかったサラリーマンだった、それだけのことです。周りはやんや言いますが、そんな度胸とカリスマ性を持った日銀総裁は指名されにくいのが日本の仕組みであります。その点では黒田氏だけは安倍氏の肝いりだったのですが、結果が出せたとは思っていません。

個人的には日銀が主犯というより日本の景気のコントロールが非常に難しかったということではないかと考えます。先ほど金融政策は経済学のアカデミック的な王道であると申し上げたのですが、日本においてはもう一面あり、学際や業際絡み、特に心理面の影響が大きかったとみています。それはバブル崩壊で日本的雇用の崩壊と非正規雇用の一般化、企業のリストラ、さらには一流企業の倒産続出であります。その上、一部企業はゾンビ化させたことで産業構造と雇用がいびつになったこと、これのほうが主因ではないかと思います。

言い換えればゾンビなんてさせないでバサッとゲームオーバーにすることで雇用の流動化を図るという選択肢もあった気がします。私もそのど真ん中にいて、会社が倒産した際、人生の選択肢としていくつものシナリオを考えました。ただオファーのあった民事再生の支援会社への就職だけは死んでも行きたくないと思いました。それは提示された条件が「雇ってやるぜー」という上から目線で最低最悪だったし、それ以上に自分を安売りしたくなかったのです。

この「自分の安売り」は私の周りで多々見られました。理由は奥方が「あなた、私たちの生活、明日からどうするの?どこでもいいから正社員になって安定をくださいね」でありました。この部分が経済学の王道には出てこないので日銀にはわからないのです。欧米の雇用は切った貼ったの世界で、日本は「雇用の護送船団方式」なのです。これが最大の違いだと思います。

個人的には今回の日銀の金融正常化は問題ないと思います。バブル崩壊の余韻もありません。むしろ、高齢化が進む日本においてリタイア層の貯蓄金利が多少でもあるほうが高齢者には安心安全ではないかと思います。勤労世帯の生活苦ばかりが目につきますが、高齢者にしてみれば金利がない預金は堪えるのです。また日銀が欧米のようにどんどん利上げするとも言っておらず、せいぜい頑張っても0.50%まででしょう。それなら十分金利は低く、生活に影響するという声は甘えに聞こえるのは私だけでしょうか?

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年3月7日の記事より転載させていただきました。