「ハッピー・ラマダン」とドイツ国民

世界のイスラム圏でラマダン(断食月)が始まった11日、ドイツ民間ニュース専門局ntvを観ていたら興味深いニュースが放映されていた。ドイツのフランクフルトやケルンで繁華街の通路に「ハッピー・ラマダン」と書かれたイルミネーションが点灯されているのだ。「ハッピー・イースター」や「メリー・クリスマス」といった表現は目にしてきたが「ハッピー・ラマダン」という呼び方は当方には初めてだったので、新鮮な響きがした。

フランクフルトの繁華街に飾られた「ハッピー・ラマダン」(2024年03月11日、ntv放送のヴェブサイトの動画からスクリーンショット)

ラマダンはイスラム教徒の聖なる義務、5行(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼)の一つだ。幼児、妊婦や病人以外は参加する。ラマダンの1カ月間は日の出から日の入りまで身を慎み、断食し、奉仕する。日が沈めば、友人や親戚関係者と一緒に断食明けの食事(Iftar、イフタール)をとる。

太陽が沈み、薄く暗くなり「ハッピー・ラマダン」という点灯が浮かび上がると、市民から「ワー」といった歓声が沸いた。そして歩いている市民に感想を聞いている。ある男性は「キリスト信者がクリスマスを祝うように、イスラム教徒がラマダンを祝っても当然だ」という。若女性は「フランクフルトはオープンな都市だ。その意味でハッピー・ラマダンはそのシンボルだ」と答えていた。ハッピー・ラマダンは4月9日まで点灯されるという。

興味深いことは、ntvが視聴者に電話で緊急質問した結果、ハッピー・ラマダンの点灯に賛成は7%で、反対は93%だったことだ。路上でインタビューした市民の声は相対的に賛成派だったが、電話インタビューの結果は逆に圧倒的に反対が多かった。

ドイツには約350万人のイスラム教徒が住んでいる。そのうち250万人以上はトルコ系だ。だから、ドイツでイスラム問題と言えば、トルコ問題というわけだ。2030年にはドイツのイスラム教徒の人口は現在の2倍以上に増えて、700万人に膨れ上がり、人口に占める比率は、現在の4%から8%に急上昇するという予測が出ている。

「ハッピー・ラマダン」が点灯したフランクフルト市では約15%がイスラム教徒だ。ドイツではカトリック教会とプロテスタントがほぼ半々だが、両教会を合わせても50%以下だ。すなわち、キリスト教会はドイツではもはや独占的な宗教ではなくなった。キリスト教会は、聖職者の未成年者への性的虐待事件や不正財政問題の影響もあって年々教会から脱会する信者が増えている。

シュタインマイヤー大統領は、「イスラム教もドイツの社会の一部だ」と述べ、イスラム教徒の国民に対してエールを送っている。また、フランクフルト市のナルゲス・エカンダリ=グリュンベルク市長は、「市民の一体感のしるし」としてハッピー・ラマダンを歓迎している1人だ。その一方、中東・北アフリカからのイスラム系難民・移民の殺到に対し、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は反移民、外国人排斥をモットーに急速に躍進し、ドイツ連邦議会で第2野党だ。路上インタビューと電話回答で「ハッピー・ラマダン」への評価が違う。

参考までに、野党第一党の「キリスト教民主同盟」(CDU)の議員は、「市の税金を使ってラマダンを祝うことは、社会の統合を促進するのではなく、分裂させることだ」と批判している。

ちなみに、ドイツでイスラム過激テロ事件といえば、2016年12月にベルリンのクリスマス・マーケットに大型トラックが突入し12人が死亡、53人が重軽傷を負ったテロ事件が発生した。それ以後、ドイツでは同様の大規模なテロ事件は起きていない(「大型トラックが無差別テロの武器」2016年12月21日参考)。

ドイツの最大宗教、ローマ・カトリック教会のドイツ司教協議会のゲオルク・ベツィング議長は9日、カトリック司教と信者を代表してイスラム教徒の断食月であるラマダンに祝福を送り、「あらゆる違いに関係なく、私たちが断食、祈り、施しをする際に同時に神の恵みを求めることは美しいことだ」と述べている。

今年の「ラマダン」とキリスト教の「四旬節」は重なる。四旬節は「40日の期間」という意味だ。イエスが荒れ野で40日間断食をしたことに由来していて、それにならって40日の断食という習慣が生まれた。けれども実際には、復活祭の46日前の水曜日(灰の水曜日)から四旬節が始まる(カトリック中央協議会)。すなわち、イスラム教徒がラマダンの期間中、約1カ月間断食し、キリスト教徒はそれに先立ち、四旬節として断食の時を持ち、今月31日、キリスト教最大の祝日である復活祭(イースター)を迎える。キリスト教とイスラム教で断食期間が重なるわけだ。

最後に、世界のイスラム教徒に“ハッピー・ラマダン”。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。