上がる価格、下がるクオリティ:砕け散ったスペースワン社のロケット

スペースワン社のロケット打ち上げは何度も打ち上げ延期してようやく発射にこぎつけたらわずか5秒で自動爆破装置が起動して初号機の夢は無残にも砕け散りました。多くのコメントは「初めてだからしょうがない」「次回に期待」なのですが、私はもう少し厳しい目線に立っています。

「カイロス」の初号機の打ち上げのようす NHKより

日本にはロケットを打ち上げようとする意図がある会社が現時点で20社ほどあります。しかし、多数の会社に分離することで技術が一点に集中しないこと、つまり「粋を集めた」集大成にならないのです。もう一つは資金調達力。例えば堀江貴文氏が出資しているインターステラ テクノロジーズ社も私から見ると堀江氏が広告塔で資金集めという構図です。日本で一番資金を集めているのがおそらくispace社で上場していることもあり、打ち上げとなれば株価が乱高下どころか乱気流に巻き込まれたような状態になります。

わが国ではロケットビジネス創世期ということもあり、技術とお金が分散してしまい、まだインキュベーションの域から脱していないロケット技術について日本の持てる能力を出し切れていないのが原因だと思います。

ところでアメリカでは最近、ボーイング社に対する失望感が強まっています。理由は1月に飛行中だった新品の飛行機の出口扉が吹っ飛んだこと。もちろん、それ以前にも墜落事故を2度続けて起こしていたこともありますが、同社への信頼が失墜しており、アメリカ航空当局も極めて厳しい監視をしています。そのため生産がはかどらず、飛行機がデリバリーされない事態に陥っています。これは航空機を使う民間航空会社にとっても計画が狂うし、ボーイング社の経営への悪影響も指摘されています。

なぜ、うまくいかないのか、素人なりに考えるとこの問題はロケットや航空機のみならず、自動車やハイテク産業、さらには私が関与する建設業界でも同じことが起きているように見えるのです。

それはプロセスが複雑になりすぎたのです。

80年代までの日本の産業を思い返してみましょう。社員一丸というスローガンの裏には社員が情報を共有し、「こうすればこうなる」という論理軸がキーパーソン全員の中にあったのです。ゆえに日本の製造業が異様に強かったのはその情報シェアと理解度が経営トップから末端のみならず協力業者までしっかり浸透していたことはあるでしょう。

ところが徐々にこの浸透性は難しくなります。理由はいくつも思い浮かびます。事業継承という言葉がありますが、技術継承もスムーズではなかったことは大きいでしょう。次に本来、人から人に技術が継承されるものが人からコンピューターを介して次の人に技術が継承されたのです。このう回的な継承こそが私はエラーが生じる最大の原因ではないかと思うのです。

最高水準の料理人の料理はどうやって作られますか?レシピ通りに作っても絶対にまねできない域があると思います。この場合レシピがコンピューターの役目なのです。取説があるなら大丈夫だろう、という発想ですね。

問題はそれに止まりません。コーポレートガバナンスの一環で様々な製品や部品に対する品質管理が求められ、社内、社外、さらには役所の審査といったプロセスをクリアする頻度は飛躍的に高まってしまいました。働き手はこれに疲弊したのです。つまり、仕事とは何か、と言われれば製品開発ではなく、製品管理の業務に時間を取られるようになったのです。これが全体のクオリティを下げてしまったと考えています。

この切り口でこの問題を断じた書き物はあまりないと思います。誰もが経験しているのに誰もがそれが当たり前だと思うがゆえに気がつかないのです。

私が反省していることの一つに最近竣工したグループホームの完成度が自己満足度では80点しか取れなかったことです。なぜか、といえば私自身が設計当時に図面に穴が開くほど目を凝らして創造力と図面のかけ合わせができなかったこと、業者が折々作るshopdrawing(施工図)に目が届かなかったこと、そして建物の期待品質に対して施工会社の能力が足りなかったことがあります。

つまり私自身も罠にはまったのです。管理ばかりに気を取られ、本質を見落としたのです。もちろん、北米は餅は餅屋的な発想があり、自分のテリトリーの仕事を他人といちいちシェアせず、タスクが完了したら「ほい、できたぞ」的なところがあるのもまた失敗の本質である気がします。

私が特にトラップ(嵌められた)したのは価格上昇に対する制御でした。建設業界の価格の上昇ぶりは年に10-20%ぐらいの感覚で、下請け業者と契約済みであっても契約通りにいかなくなるケースが頻繁に起き、その対応に振り回されたのです。タイトルの通りまさに「上がる価格、下がるクオリティ」なのです。

どんな業種でも共通ですが、設計図面があります。それには意匠と実施設計があるのですが、意匠、つまりアイディアやデザインの本質部分が施工時に誰にも伝達されず、実施設計だけを頼りにするため、何を作っているのか理解されていないのです。それこそコンピューターのプログラミングの世界でも漫画のような制作物の世界でもそうなりかねないのです。

ではどうすればよいのか、といえばコンセプトをしばしば確認し、今やっている作業は全体のどこの部分なのか、という理解を作業する人全員に伝わるように改善するしかないと思うのです。

今でもそうだと思いますが、私が建設会社の現場で勤務していた時も朝礼が必ずあり、工事主任が作業員全員に今日の仕事全体の流れと気を付ける点をきちんと伝達していました。安全担当だった私が百数十人のまえで皆さんに話をすることもしばしばありました。それは私自身が、今、何の仕事をしているのか掌握する必要があるという意味です。事務屋だから現場は知らないでは済まされなかったのです。

最近の危惧は出社せずに在宅勤務が当たり前になったことです。日本はまだ比率は少ないですが、北米は相当進んでいます。それが原因で「業際」の調整が不十分になっています。ボーイング社などは部品の組み合わせであり、何千、何万工程の業際がきちんと共有されていなければ飛行機がきちんと飛ぶことはないのです。ロケットも同様。ここに私はメスを入れるべきだろうと考えています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年3月14日の記事より転載させていただきました。