「プロレタリアート独裁」を放棄しない日本共産党の危険性

日本共産党の志位和夫氏
NHKより

「プロレタリアート独裁」とは何か

「プロレタリアート独裁」とは社会主義革命によって国家権力を掌握した労働者階級がブルジョア階級の反革命を防止するためにとる独裁的な政治形態を意味し、ソ連が共産党の一党支配を正統化する根拠にしてきた。

日本共産党が党規約2条で党の理論的基礎とするマルクス・レーニン主義(科学的社会主義)の核心である「プロレタリアート独裁」は、マルクス及びレーニンによって以下の通り規定される。

すなわち、

「資本主義社会と共産主義社会との過渡期の国家がプロレタリアート独裁である。」

(マルクス著「ゴーダ綱領批判」世界思想教養全集11巻139頁 昭和37年河出書房新社)

「プロレタリアートの独裁は抑圧者、搾取者、資本家の反抗を暴力で抑圧する。抑圧と暴力のあるところに自由も民主主義もない。」

(レーニン著「国家と革命」レーニン全集25巻499頁大月書店)

「プロレタリアートの革命的独裁は直接に暴力に立脚し、どんな法律にも拘束されない権力である。」

(レーニン著「プロレタリア革命と背教者カウツキー」レーニン全集28巻249頁)

とされる。

自由も民主主義もない「プロレタリアート独裁」

レーニンは「強制なしで、また独裁なしで資本主義から社会主義に移ることができると考えるとしたら、それはこの上もなく馬鹿げたことであり、愚劣極まりない空想であろう。」(レーニン著「ソビエト権力の当面の任務」レーニン全集27巻266頁)と述べている。

さらに、レーニンは労働者階級による「階級独裁」のみならず、「個人独裁」の必要性も認め、「過酷なほど毅然とした権力を決然と擁護し、個人独裁を決然と擁護すればするほどソビエト権力を歪曲する官僚主義を根絶できる。」(同書278頁)と述べている。レーニンの「個人独裁論」はソ連「スターリン独裁」の理論的根拠となり、中国「習近平独裁」にも理論的根拠を与える。

このように、具体的には、プロレタリアート(労働者階級)は、自己の政治的支配権を利用して、専制的、暴力的、超法規的にブルジョアジー(資本家階級)から一切の資本を収奪し、一切の生産手段を支配階級として組織されたプロレタリアートの手に集中し生産諸力を急速に増大させるとされから、プロレタリアート独裁の下では、レーニンの言う通り「自由も民主主義も存在しない」のは当然のことである。

「プロレタリアート独裁」を放棄しない日本共産党

上記の通り、日本共産党は党規約2条でマルクス・レーニン主義(科学的社会主義)を党の理論的基礎としている。そして、党綱領五の17で「社会主義をめざす権力」と称して「プロレタリアート独裁」を規定している。2024年1月の第29回党大会でも日本共産党は社会主義・共産主義社会の実現を目指す「革命政党である」と宣言している。

もとより、日本共産党はマルクス・レーニン主義の核心である「プロレタリアート独裁」とともに、「暴力革命(敵の出方論)」も放棄していない。

共産党の理論的指導者である不破哲三元共産党議長は、「我が党は社会主義日本では労働者階級の権力すなわちプロレタリアート独裁が樹立されなければならない」(不破哲三著「人民的議会主義」241頁1970年新日本出版社)と述べ、「我が党は革命への移行が最終的には敵の出方にかかるという立場をとっている」(同書244頁)と述べている。

敵、すなわち政権側の出方によっては、暴力革命を否定しないのである。

日本共産党の憲法破壊の危険性

以上に述べた「プロレタリアート独裁」や「暴力革命(敵の出方論)」は、日本国憲法が保障する集会、結社、言論、出版、表現の自由など、国民の多種多様な意見の存在を認め尊重し、選挙を通じて政権交代を認める議会制民主主義に立脚する日本国憲法体制とは明らかに矛盾し対立する。

したがって、今も「革命政党である」と宣言し、「プロレタリアート独裁」と「暴力革命(敵の出方論)」を放棄しない日本共産党は、上記自由民主主義に基づく議会制民主主義に立脚する日本国憲法体制を破壊する危険性を否定できないと言えよう。

旧西ドイツでは、マルクス・レーニン主義、プロレタリアート独裁を信奉するドイツ共産党は自由民主主義の憲法体制と矛盾対立するとの理由で違憲とされ非合法化された。