トランプ報道に纏わる「spin」と「optics」

筆者は、自分のGmailアドレスを世界各国のニュースメディアのニュースレターやメルマガに登録し、日々数十通配信される国内外のニュースをタダで読んでいる。英語だろうと中国語だろうとアラビア語だろうと、AI翻訳アプリを入れておけば、クリック一つで日本語記事さながらに読める。

「日本語記事さながら」といっても、まだ「Google Translate」の自動翻訳は成長過程にあるようで、「,」や「that」が多用された長文では、「否定」であるべき結論が「肯定」であったりすることもしばしばで、前後と文脈と辻褄が合わず、仕方なく辞書を引く羽目になることも少なくない。

その点「Deepl」は、少々意訳し過ぎる嫌いはあるものの、かなり巧みに翻訳してくれる。無料アプリだと一度に1500字ずつしか翻訳しないので、長い文章は何度も繰り返す手間が掛かりるが、重宝なことは確かだ。筆者は、記事全体を翻訳できる「Google」⇒「Deepl」⇒「辞書」の順番で使っている。

とはいうものの、特に米国メディアで最近よく使われている単語の中には、これらの自動翻訳で言語のままだったり、おかしな日本語になってしまったりで、辞書を引いてもどう訳して良いか判らずに苦労す単語がいくつかある。本稿では最近のトランプ報道に搦めて、「spin」と「optics」を紹介する。

トランプ前大統領インスタグラムより

「spin」

3月18日の「Newsmax」(親トランプ紙)は、「Trump Rips Media for Exploiting ‘Bloodbath’ Comment」という見出し記事を掲載した。これを「Google」は「トランプ大統領、“流血”コメントを悪用したメディアを非難」と、「Deepl」は「トランプ大統領、“血の海”発言を悪用したメディアを非難」と訳した。

この記事を米国の読者がどう読むのか、非常に興味がある。というのも、記事はトランプが述べた「If I don’t get elected, it’s going to be a bloodbath for the whole — that’s going to be the least of it. It’s going to be a bloodbath for the country.」を左派メディアが「spin」したと難じているからだ。

この発言の「Google」翻訳は、「もし私が当選しなければ、全体にとって大惨事になるだろう。それは大したことではない。国にとって大惨事になるだろう」(見出しでは「流血」)であり、他方、「Deepl」翻訳は、「もし私が当選しなければ、全体が血の海になるだろう。国全体が血の海になるだろう」だった。

だが「Newsnmax」の記事は、「Deepl」の訳でなければニュースとして成り立たない。なぜなら、正しい翻訳は「もし私が当選しなければ、(オハイオの自動車産業)全体が大量解雇になるだろう。それだけでは済まずに、国にとっての大惨事になるだろう」(拙訳)だからだ。

つまり「Newsmax」は、NBCnews.comが「Trump says there will be a ‘bloodbath’ if he lose the election」という見出しにし、CBSNews.comが「In Ohio campaign rally, Trump says there will be a ‘bloodbath’ if he lose November election」という見出しにしてトランプ発言を報じたことを難じているのである。

従い、これらの「bloodbath」が、米国の読者に「血の海」とか「流血の惨事」とかと読まれなければニュース価値がない。即ち、オハイオ州が自動車産業のメッカであり、その地で「大量失業」が起こるというニュアンスを消すことで左派メディアはトランプを非難した、と「Newsmax」は言いたい訳だから。

ではトランプは何といっているかといえば、「Newsmax」にはこうある。

― The former president seized on the media’s spin doctoring in a pair of Truth Social posts Monday, sharing the liberal networks claiming the former president was referring to civil blood spilling as opposed to the economic definition of the term “bloodbath” – and how the same liberals in the media used that term all the same.

前大統領は月曜日のTruth Socialの2つの投稿で、メディアのspin doctoringについて、前大統領が使った「bloodbath」という語の経済的な定義に反して、市民の流血に言及したとリベラル派の共有ネットワークが主張していること、そしてメディアの同じリベラル派がこの言葉を同じように使っていることを取り上げた。(拙訳)―

ここに「spin doctoring」という熟語で「spin」が出て来る。「spin」には「言葉を偏って解釈する(させる)こと」という意味があるので、「spin doctoring」は「言葉を誤って使うことで情報を操作する」となる。これならトランプが言いたいことが理解できるが、自動翻訳の実力はそこまでに至っていない。

「Foxニュース」の元キャスターで保守派のビル・オライリーは、「No Spin News」と題する番組でこのトランプのオハイオ演説を取り上げ、こうした情報操作をしている左派メディアを列挙し、演説の趣旨を曲解しているナンシー・ペロシや前ホワイトハウス報道官ジェン・サキらを批判しています。

「optics」

トランプが目下4通の訴訟を抱えていることは日本でも広く報じられている。その訴訟の一つに、20年1月初めにトランプがジョージアの州務長官に「11780票を探しだせ」と電話で脅迫したとの訴訟がある。経緯は別の拙稿をお読み願うとして、この事件が最近思わぬ方向に展開している。

事件を起訴したジョージア州地方検事(黒人女性のウィリス)が、愛人(黒人男性のウェイド)を70万ドル近い高給で州の特別検察官に雇い、二人で何度も大名旅行していたことをトランプの弁護士がすっぱ抜いたのだ。公聴会に呼ばれた二人は、愛人関係は認めたものの、それは雇った後のことと弁明した。

が、ウィリスの元同僚らが二人の関係は前からだったと証言し、ウェイドのスマホからも雇用前から30数回も深夜にウィリス宅周辺に行った記録や、4桁に上る通話やメールの記録が出て来た。それでも二人は雇用後だと言い張り、ウィリスは、ウェイドがカードで支払った旅行代金の応分は現金で彼に渡したとし、公聴会は黒人の我々を人種差別していると開き直った。

検事が関係者を雇って経済的便宜を与え、その人物から利益供与を受ければ、利益相反で刑事罰すら受ける可能性がある。これを審議したマカフィー判事は、証拠が弱いと利益相反を否定しながらも疑いが濃いとして、ウィリスが訴訟を降りるかあるいはウェイドを解雇するなら、担当を継続できると判じた。

結局、ウェイドが身を引いたが、この判決についてトランプ支持派は、ウィリスを降ろさないというマカフィーを「ナンセンス」だと非難しつつ、二人の「bad optics」な関係が明らかになったと評した。この「optics」は単数扱いで「(人物の行動などに対する)大衆の見方、世論」という意味だ。つまり「世間体(てい)が悪い」ということだろう。

トランプやジュリアーニら、このRICO訴訟の被告6人の弁護士は18日(現地時間)、ウィリスに訴訟を継続させるとしたマカフィー判事の判決に対する控訴書類をジョージア州控訴裁判所に提出した。書類は、ウェイドの辞任だけでは同判事が認定した不当行為を正すには十分ではないとしている。