1.予防保全型の維持管理への疑問
国土交通省は、さらにインフラ老朽化が進行する将来に備えて、今後の負担を減らしていくために予防保全維持管理への転換と呼び掛けている。しかし、今日までの50年間ほとんど手を加えていなかった大量の構造物に対して予防保全型の維持管理への転換を目指しても円滑な実装は難しいのではないか。
地方自治体は日常点検や健全性Ⅲ・Ⅳ箇所の修繕で手一杯なのが現状である。一度リセットし、全てが真新しい状態の構造物に対して予防保全型の維持管理を取り入れるのなら、「転換」は可能かもしれないが。
限られた予算の中で、必要な都市機能を維持していくために、インフラやハコモノの絶対数を減らすことは合理的である。インフラとハコモノは同じ公共施設であるが、公共施設の規模や総量の縮小を考える上で全く別物と考えた方が良い。
2.ハコモノとインフラ、選択と集中を考える
病院や学校といったハコモノは、利用者側が老朽化による快適性およびサービス機能の低下を直接感じることができる。そのため、利用者側の当事者意識が高く、統合・再編によるメリット、デメリットをイメージしやすい。
さらに、稼働率等の定量的な判断基準もあることから、人口動態等の実態に即した将来ビジョンから存続可否の検討がしやすい。ただし、この場合、既存の施設に公共交通手段等でアクセスしていた利用者が統合・再編後の施設へのアクセスする際に大きな負担にならないことが前提である。
一方、道路や橋などのインフラは、その場所に存在することが当たり前となっており、多くの利用者は恩恵を感じることなくインフラを使用するため、老朽化への関心が低い。ハコモノであれば周辺に利用者が居ないことを理由に廃止の判断を下しやすいが、インフラの場合は、利用頻度は低いがそのインフラを使わなければ目的地に到達できない利用者の事も考える必要があり、利用者は不特定多数と捉えることができる。
ハコモノは場所が変わっても機能と利用機会が失わなければ、利用者にとって大きな不便はない。しかし、インフラはその場所にあることに大きな意味があるため、撤去はもちろんのこと集約に対しても慎重にならざる得ない状況である。
また、インフラやハコモノは存在するだけで修繕費や維持管理費等のランニングコストが必要になる。仮に1人しか使わない図書館があれば、他地区の図書館と統合する案が出るだろう。しかし、インフラはハコモノとは異なる。仮に1軒の民家に通じ、利用者が1人だけの橋であっても、その人にとって唯一のアクセス手段であれば、住民の生活利便性のために管理する必要のある重要度の高いインフラと行政は判断する。
このようなケースで、インフラの維持管理費と移転補償費を比較すると、前者の方が安価であることが多い。税の公平な使途という観点では、橋を撤去し、住民が別の土地へ移転することは合理的であるが、憲法22条の「居住、移転の自由」への介入とみなされる可能性もあり、行政の都合だけでインフラの再整理を推進することはできない。
3.富山市から学んだこと
このような背景から、多くの自治体では、インフラの再整理を前面に出さず、既存のインフラを維持していくことを前提に、効率的にインフラの質を保っていく方法を模索している。
富山市では、インフラの選択と集中の下、2023年11月現在の時点で道路橋2橋撤去済、2強が撤去計画中だった。コンパクトなまちづくりを推進しているから富山市だからこそ、インフラの選択と集中という方針が抵抗なく住民に受け入れられたのではと思っていた。
しかし、富山市の職員と触れるうちに、多様な考えや価値観を持った住民と落としどころを見つけながら、住民の気持ちに寄り添いながらインフラの選択と集中を推進する姿勢が伺えた。また、行政の予算案は議会に提案され、議会の議決を受けた後に予算が決定する流れとなるため、過疎地域や山間部のインフラを縮小する事業を実行するためには地元議員との調整等、議会との連携も不可欠である。
コンパクトなまちづくりを推進していたからできたのではなく、コンパクトなまちづくりを通して培った合意形成の経験やノウハウが活かされていることの方が、インフラの選択と集中の実現に寄与していたのではないかと考えが変わった。
インフラの再整理が工学的、財政的なマクロな視点から合理的であっても、社会に実装する過程では人との対話や合意形成が慎重になされており、行政の土木職員の守備範囲の広さに驚いた。
4.おわりに
「橋梁を守るために市が破綻するのか、市を残すために橋梁を減らしていくのか」
これは多くの日本の地方自治体が直面している状況である。全ての自治体が、直ちにインフラの選択と集中に舵を切ることは難しいが、住民と対話し合意形成をすることが実装へのカギとなるのではないか。
人口減少下の日本において、安全・安心・快適な社会を維持していくために、今あるインフラを全て守り続けていくことは難しい。インフラの「量」と「質」の両方を追求する時代から、自治体や地域の特性、構造物の重要度や必要性に応じてどちらかを選択しなければならない転換期を迎えているのではないか。
豊かな生活を持続させるためには、国土強靭化や国際競争力強化のための新設財源も必要である。手遅れになる前に既存インフラの「量」をとるか、「質」をとるかを慎重な判断を下すことが求められている。
インフラ老朽化問題を起点にこれからの日本のあるべき国土の在り方を考えていくにあたり、対処療法ではなく、既存の構造システムを変えられるような提案とその実現を目指し、今後も研鑽を続けたい。
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並松 沙樹
松下政経塾44期塾生。東京理科大学理工学部土木工学科、東京工業大学大学院環境・社会理工学院博士課程修了。博士(工学)。鉄道会社で土木構造物の維持管理や研究開発に従事、研究だけではなく国土政策にも関心を持ち、現在に至る。専門はコンクリート工学、維持管理工学、土木史。