トランプとバイデンが予備選を順当に勝ち抜いて、党大会を待たずに共和民主両党の大統領候補として11月の投票に臨むことをほぼ確実にした。共に無人の野を行くようだった。とはいえ二人に死角がない訳ではない。トランプのそれは4つの訴訟であり、バイデンのそれは老いだ。
バイデンの機密文書持ち出し
バイデンの機密文書持ち出し事件を調査したロバート・ハー特別検察官(共和党)は、バイデンを不起訴にした。が、3月12日に行われた下院司法委員会の公聴会で、報告書は大統領の無罪を証明したと述べた民主党のジャヤパル下院議員に対し、ハーは「彼の無罪を証明したわけではない」と反論した。
不起訴の理由としてハーは「証拠は合理的な疑いを超えてバイデン氏の有罪を立証するほど強力ではない」ことを挙げ、起訴しても陪審が「善意の記憶力の悪い高齢者」を有罪とするかどうか疑問あるとした。バイデンは「分からない」「覚えていない」との語を100回以上使ったという(12日の「Newsmax」)。
ハーの報告書は民主・共和の双方から非難された。が、筆者に言わせれば共和党議員の誰もが、トランプ自身が述べている「バイデンは大統領記録法の対象ではない」との論、即ち「機密の指定も解除も大統領にのみその権限がある」という大統領記録法の要諦に明確に触れなかったことが気になった。
つまり、トランプの機密文書持ち出しは大統領職にあった時に起きたが、バイデンのそれは上院議員の36年間と副大統領の8年間に行われていた。トランプは「大統領が文書を持ち出した時点で機密が解除される」と嘯くが、大統領以外は機密解除できない、という点ではまんざら間違いと言い切れまい。
ファニ・ウィリスの醜聞
斯くバイデンが窮地に陥りつつあるのに比べ、トランプには光明が差し始めている。1つはジョージア州の訴訟だ。同州フルトン郡地方検事ファニ・ウィリス(民主党)が、自身が特別検察官に起用したネイサン・ウェイドと、起用前から愛人関係にあったとする証言に加え、それを裏付ける携帯の通話記録が出て来たのだ。
ウエイドは70万ドルの対価を受け取り、二人であちこち大名旅行した代金はウエイドのカードで支払われていた。それを公聴会で問われたウィリスは、自分の分は現金で彼に支払ったと釈明し、聞く者を鼻白ませた。ウィリスが供与を受けていた場合、利益相反で担当を降ろされる可能性があるからだ。
訴因の一部棄却
またこのRICO訴訟の訴因41件のうち6件が13日、スコット・マカフィー判事(共和党)によって棄却された。トランプとその弁護士ら19人が起訴され、シドニー・パウエルら4人が検察側と交渉して有罪を認めたが、今回棄却された6件はトランプの10件のうち3件とジュリアーニの13件のうち3件だ。
トランプの1件は21年1月にトランプらがラフェンスペルガー州務長官(共和党)に電話を架け、「11780票を見付けろ」と促したとされる件だ。筆者はこれを報じた「ワシントンポスト(WaPo)」の文字起こしを読み、トランプは「郵便投票の署名と選挙人登録の署名の突合を求めていた」のであり、「WaPo」の見出しは印象操作だと本欄に書いた。
マカフィー判事は「検事の意見書には違反の性質に関する詳細が欠けて」おり、「被告側が弁護の準備をするに十分な情報を与えていない」ことを棄却理由に挙げている。判事は破棄した起訴内容を復活させるための新たな起訴を検察は求めることができるとも述べているが、ウィリスにとって打撃であることに違いはない。
J6事件
もう一つ、1月6日の議事堂暴動事件(「J6」)についても、リズ・チェイニー元共和党下院議員(落選中)が実質的に主導したJ6特別委員会が、「トランプ大統領が首都を守るために1万人の州兵の派遣を進めた証拠を隠蔽した」との情報が8日の「フェデラリスト」によって明らかにされた。
チェイニーは、政府出版局のウェブサイトに「転写物、文書、展示物、そして綿密に調達した800ページ以上のJ6特別委員会最終報告書」を掲載していると述べている。が、J6委員会が実施したと主張する1000件のインタビュー記録のうち、そのサイトに掲載されているのは半分にも満たないそうだ。
J6委員会によるトランプのホワイトハウス(WH)側近トニー・オルナートのインタビューは22年1月28日に行われた。その中でオルナートはマーク・メドウズWH首席補佐官がワシントンD.C.のバウザー市長(民主党)に、市を守るために必要なだけの州兵を要請するよう耳打ちした、とチェイニーらに語っていた。
「政敵を訴追する民主党の取り組み」と非難されているJ6特別委員会の活動を再検討している下院政権監視小委員会委員長のバリー・ラウダーミルク下院議員(共和党)は、これらの文書は21年1月6日の出来事の真実ではなく、J6委員会の言い分を裏付けているとし、こう述べている。
J6特別委員会は、事前に決められたストーリーと矛盾するため、オルナートの重要証言を米国民から明らかに隠した。彼の証言は、メドウズがずっと言ってきたこと、即ち、「トランプ大統領は実際、国会議事堂の警備に1万人の州兵を派遣することを申し出たが断られた」を証明している。
この件では22年6月28日のJ6委員会でメドウズの上級補佐官ハッチンソンが、オルナートから「大統領は車の前方に向かって手を伸ばし、ハンドルを握った。エンゲルは彼の腕を掴み、『大統領、ハンドルから手を離して下さい。私たちはWHに戻るのです。議事堂には行きません』と言った」と聞いたと証言していた(エンゲルはビーストの運転手)。
22年1月の中間選挙で共和党が下院の過半数を制し、下院委員会の委員長ポストを独占して1年半、民主党によるトランプ潰し、即ちトランプのいう「司法の武器化」が徐々に無効化されつつあるようだ。