ウクライナ戦争を巡る「風刺と皮肉」

ドイツのショルツ首相は欧米諸国の対ウクライナ支援では「対応が遅い」といった批判を受けてきた。ウクライナ側がドイツの主力戦車「レオパルト2」の供与を強く要請した時もそうだった。最終的にはバイデン米大統領との間で米国の主力戦車「M1エイブラムス」と同時に供与することで合意して、「レオパルト2」をキーウに供与することを決めた。そして現在、長距離巡航ミサイル「タウルス」の供与問題でウクライナ側の重なる要請をも今日まで拒否し続けている。イギリスとフランス両国は自国の巡航ミサイル「ストームシャドウ」と「スカルプ」を既に供与済みだ。両国からはドイツの優柔不断な姿勢に批判的なトーンが聞かれる。

トルコ実務訪問中、ゼレンシキー大統領はウクライナ海軍用のコルベットが建造されている造船所を訪問(2024年3月8日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

それに対し、ショルツ首相は、「タウルスは射程距離500キロだ。ウクライナ領土を超えてロシア領土まで飛行した場合、ロシア側の反発が予想される」として、対ウクライナ武器支援では常に「ウクライナ戦争をこれ以上エスカレートさせない」というレッドラインを堅持しなければならないという論理だ。

そのショルツ首相は19日、与党社会民主党(SPD)関連のイベントで激しいプーチン大統領批判を展開した。ロシア大統領選でプーチン大統領の5選が確定した後、このように厳しい批判を公の場で吐露した欧米首脳はショルツ首相が初めてではないか。

以下、ドイツメディアに報じられた首相の発言を紹介する。

「ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナに死と破壊をもたらしただけでなく、自身の『権力への狂気』のために多くのロシア兵士を犠牲にした。プーチン大統領は自国の兵士たちを犠牲にし、その代わりに歴史書に『プーチン大統領はさらに10センチの追加領土を征服した』と記されることを願っている。プーチン大統領は、国境はもはや力によって動かされないという、ヨーロッパに数十年にわたって存在してきた原則を破った。だからこそ私たちは必要な限りウクライナを支持するつもりだ」

興味深い点は、欧米諸国の政府首脳はプーチン大統領に対して従来の外交的批判といったカテゴリーから出て、皮肉と風刺を込めて批判する傾向が見られることだ。欧州連合(EU)のシャルル・ミシェル大統領は15日、ロシアのプーチン大統領の5選に対して祝意を表明したが、投票が始まったばかりでまだ当選が確定していない時にだ。ロシア大統領選挙は仮想選挙に過ぎない。真の対抗候補者はなく、プーチン氏の5選は英国のブックメーカーも掛け率(オッズ)が良くないから関心が低いことを知った上で、ミシェル大統領は投開票が終わっていない前に「おめでとう」という祝意を表明したわけだ。

同じように、ショルツ首相は、「プーチン大統領は10センチの追加領土をウクライナから奪ったロシア大統領という称号を受けるために権力の狂気に動かされている」と、辛辣に批判しているのだ。すなわち、ミシェル大統領もショルツ首相も3年目に入ったウクライナ戦争の責任者プーチン氏に対して、もはや外交上やプロトコール上の儀礼、規則を重視することをやめ、皮肉を込めて相手国首脳を酷評しているわけだ。ウクライナ戦争での政府首脳陣のコミュニケーションは既にエスカレートしてきているわけだ。

風刺や皮肉はシンプルな批判より時には相手を傷つける。風刺や皮肉の対象となったプーチン氏は心穏やかではないかもしれない。嘲笑を受けたと思って激怒するかもしれない。それとも「あなたは自分が正しいと思う事をしなさい。どのみち批判されるのだから」といったルーズベルト米大統領の夫人の言葉を引用して、プーチン氏は納得顔で「私のことをいっている」と思って笑い出すかもしれない。

ウクライナ戦争も3年目に入ると、戦争は消耗戦となり、関係者にも疲れが見え出し、もはや何も建設的なことが思いつかなくなる。だから、政府指導者は相手を直接批判するより、気の利いた風刺や皮肉のひとつでも、ということになる。ただ、その間も戦場では多数の兵士たちが犠牲となっている。

参考までに、親ロシア派の鈴木宗男参院議員はプーチン氏の5選を祝う祝意を表明し、「史上最高の得票率での圧倒的勝利は、プーチン氏の手腕と能力が評価された結果だ。西側メディアが反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の獄死に関連してロシアに対する批判を強めたことによって、ロシア国民が『プーチン氏を守りたい』という思いを強めた」(時事通信)と述べたという。このようなプーチン崇拝のコメントが日本の参院議員から出てきたことに驚いた。欧州の左派系政治家もきっと顔負けする異次元なコメントだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。