セブンイレブン新店舗「SIPストア」が増えない理由

千葉県松戸市の「常盤平駅」からすぐの場所に、風変わりなコンビニがオープンした。

一玉で売られるキャベツやレタス。冷蔵棚に並ぶ大量の精肉・鮮魚パック。壁一面を埋め尽くす冷凍食品ケース。スーパーとコンビニのいいとこどりをしたというセブン-イレブンの新コンセプト店舗「SIPストア」である(※)。

※SIP:セブン‐イレブン・ジャパン(SEJ)とイトーヨーカ堂(IY)のパートナーシップ

セブン&アイ・ホールディングス プレスリリースより

広さはセブン-イレブンの1.8倍。品揃えは1.6倍。デニッシュや、注文を受けてから焼くピザ、量り売りのチョコレートなど、従来のコンビニが扱わないものも多く、店内は楽しい雰囲気で満ちている。

セブン-イレブン・ジャパン執行役員の山口氏は「SIPストア」について、以下のように述べている。

「『この立地』であれば、どういう編集が売れるだろう、ということが導き出せる店のつくり方を開発したい。(中略)歩いて5分、半径500~600mの中で一番売れる店の『ノウハウ』が作れれば良い」
(山口圭介・セブン-イレブン・ジャパン執行役員企画本部ラボストア企画部長)
セブン&アイの新コンセプト店舗「SIPストア」が目指す「次世代セブン」の形とグループシナジー、その成立条件 | リテールガイド

では「この立地」をオーナー視点で見てみよう。かなり厳しい環境であることがわかるはずだ。

競合が多い地域

「SIPストア1号店」は、これまで同地にあった「セブン-イレブン松戸常盤平駅前店」をテコ入れしたもの。コンビニから「スーパー」へ事業拡大しようとしている状態だ。新規出店コストは発生しないが、多額の追加投資が発生している。この投資額を回収するのは、相当難しい。競合が多いからだ。

常盤平駅周辺は、買い物に困らない地域である。SIPストアがある駅北口にはスーパーが2つ。SIPストアから徒歩3分の「おっ母さん食品館 松戸常盤平店」と、徒歩1分(92メートル)の格安スーパー「オーケー 松戸常盤平店」だ。こちらは5月オープン予定である。

さらに、南口に足を延ばせば、徒歩4分で「トップパルケ 常盤平駅前店」(23時まで営業)、徒歩6分で「西友 常盤平店」(24時間営業)、徒歩8分で「ビッグ・エー 常盤平さくら通り店」(深夜2時まで営業)がある。

つまり、競合店舗が5つある。うち2つは深夜営業だ。コンビニの24時間営業は強みにならない。冷凍食品や生鮮食品を強化したとはいえ、品揃え・価格でもスーパーに太刀打ちできない。

調理定年と冷凍食品ニーズの拡大

新規顧客獲得も難しい。

セブン&アイ・ホールディングスが、「国内CVS戦略(23年10月)」の中で、訴えていたのは社会環境の変化だ。特に「調理定年」という言葉を用い、高齢化に伴う内食の増加、具体的には「冷凍食品」等のニーズ拡大を指摘している。「SIPストア」で冷凍食品を充実させたのは、このシニア層ニーズに対応するためだ。

だが、冷凍食品を購入する――とされる――シニア層が住んでいるのは、SIPストアのある「北口」ではなく、「南口」だ。常盤平駅南口には、世帯数約5,000、高齢者が半数を占める「常盤平団地」がある。この住民たちを、近隣で24時間営業の「西友」を通過させ、駅を超えさせるだけの魅力が、SIPストアにあるだろうか?

競合に対抗できる強みがなく、新規顧客獲得も少数にとどまる。もし、「SIPストア1号店」がフランチャイジー(フランチャイズ店)だったら、オーナーは苦境に立たされることになるだろう。

実験店舗としては適さない

では、「ノウハウ作り」すなわち実験店舗としてはどうか。

収益面では期待できないSIPストアが出店できたのは、「セブン-イレブン松戸常盤平駅前店」が直営店だからだ。「直営なので実験店舗に適している」という言い分が成り立つようにも思える。

だが、そもそも、この場所は「実験」には適さない。先に述べた通り、競合が多い。そのうえ、新規参入により環境が変わる。売上の増加(あるいは減少)が、テコ入れした効果なのか、それとも外部環境が変わった影響なのか、分析が難しくなる。

店舗自体の収益も期待できず、実験にも適さない。では、なぜ、「SIPストア」をオープンしたのか。

方便として活用された「SIPストア」

私見だが、SIPストアは「株主総会を切り抜けるため」の方便として活用されたのではないか。店舗オープンは、「株主発表の実行」という意味合いが強いのではないか、と考えている。

「SIPストア」の発表はかなり唐突だった。初めて決算説明会で「SIPストア」という言葉が出てきたのは、2022年10月。「物言う株主=アクティビスト(バリューアクト)」との対立が最も激化していた頃だ。

対立軸は、イトーヨーカドー・セブンーイレブン間に「シナジーがあるか、ないか」だった。

バリューアクトは、「シナジーはない」とし、イトーヨーカドーを売却しコンビニ事業に専念することを提案する。対して、セブン&アイは「シナジーはある」とし、いわば、その証として提示されたのが新型店舗「SIPストア」だった。

おそらく、以前からスーパーとコンビニのシナジー追求プランとしての「SIP」はあったのだろう。だが、アクティビストの批判をかわすため、「未成熟」な状態でプラン発表せざるを得なかったのではないだろうか。

その後、セブン&アイは株主総会(23年5月)を乗り切り、バリューアクトがセブン&アイ株式を手放して以降(※)、決算説明会資料には「SIPストア」の記述は見られなくなっている(23年度第2、第3四半期)。

※23年8月以前に売却の可能性がある、とされている
米ファンド、セブン株売却か バリューアクト、大株主外れる:時事ドットコム

これからのSIPストア

バリューアクトら株主に提示した「中期経営計画アップデート版」からは、即シナジー効果が高まるような印象を受けたが、今回の「SIPストア」オープンに関しては、

「仮説の検証」
「テスト店舗として位置付けている」
「次世代のセブン-イレブンを『模索』するのが趣旨」

など、トーンダウンしたコメントが目立つ。さらに、新業態ではないこと、多店舗展開は予定していないことを強調している。当然だろう。なにせ、まだ「模索」中だ。標準化・マニュアル化はできていない。よって、フランチャイズ展開はできない。

直営店も、多くはならないだろう。直営店は――フランチャイズ店と異なり――儲からないからだ。さらに、SIPストアは、ファストフードや、生鮮食品・コスメ・ベビーグッズなど品目数増加により従業員負担が大きくなっている。教育コストも増加する。セブン-イレブン本部にとって、SIPストアを増やすメリットはあまりないのだ。

株主はどう見るか

目的がぼやけた形でのオープンとなった、新コンセプト店舗「SIPストア」。

バリューアクトは大株主ではなくなった。だが、バリューアクト案に賛同した株主は少なくない。彼らは、この「SIPストア」をどう見るだろうか。

左:セブン-イレブン(筆者撮影)、右:「SIPストア」(セブン-イレブン松戸常盤平駅前店)
セブン&アイ・ホールディングス プレスリリースより