イスラム国(IS)とモスクワを繋ぐ線

3日間のロシア大統領選が終わり、予想通りプーチン大統領が5選を果たしてからまだ1週間も経過していない22日夜(現地時間)、首都モスクワ北西部郊外で開催されていたロシアのロックバンドのコンサート会場「クロッカス・シティー・ホール」にイスラム過激派テロリストが襲撃、集まっていたファンたちを銃撃し、火炎瓶を投げ会場に火をつけた。少なくとも133人が死亡、150人以上が重軽傷を負った。犯行直後、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)がSNS上で犯行を表明した。ロシア治安当局によると、実行犯2人を現場で射殺したほか、11人を拘束した。

テロ事件でウクライナの関与を示唆するプーチン大統領(2024年3月23日、オーストリア国営放送の動画からスクリーンショット)

テロ事件で犠牲となった人を追悼するロシアの若者たち(2024年3月23日、オーストリア国営放送の動画からスクリーンショット)

プーチン大統領は23日、国民に向けて演説し、犠牲者を追悼し、24日を「国の喪の日」とすると表明する一方、テロに関与した者を厳格に処罰すると表明。実行犯が犯行後、白い車でウクライナ方向に逃走した点を挙げ、テロ事件にウクライナが関与していた可能性を示唆した。

ロシア連邦保安局(FSB)は、武装グループが「ウクライナ側と接触していた」と主張したが、ウクライナ政府は否定。ウクライナ軍諜報機関の報道官は、「ロシア特務機関のまた一つの嘘だ。ウクライナは今回のテロ攻撃には関与していない。ウクライナはロシアの侵略者から主権を守り、自国の領土を解放し、民間人ではなく占領軍や軍事目標と戦っている」と説明している。

ロシア国内秘密機関FSBのアレクサンドル・ボルトニコフ長官は23日、11人を逮捕し、そのうち4人は「攻撃の実行に直接関与した」という。タス通信はFSBの声明を引用し、「テロ攻撃を実行した後、犯罪者らはロシアとウクライナの国境を越えようとした」と述べた。プーチン大統領や治安関係者はISの犯行声明をフェイクの可能性があると主張し、ウクライナの関与を強調しようとしている。

欧米メディアによると、駐ロシア米国大使館は3月7日、ロシア側にイスラム過激派グループによるテロの危険が差し迫っている可能性があると通報したが、ロシア側はその警告を無視したという。実際、プーチン大統領は19日、国内治安情報担当者との会合で、「米国からテロの危険を警告する情報が入っているが、米国はわが国を恐喝し、ロシアを不安に貶めようとしている」と逆に米国を批判した。ちなみに、米ホワイトハウスは「関連のテロ情報を全てモスクワに伝えた」と報じている。

ISはシリア、イラクでの拠点を失い後退したが、今回テロを実行したのは、隣国のアフガニスタンで活動しており、パキスタン近くのホラサンに拠点を置いているイラク・レバントのイスラム国(IS)関連組織「イスラム国ホラサン州」(IS-K)だ。「ホラサン州」は1月3日、イラン南東部ケルマン市で100人余りを殺害、数百人以上の負傷者が出るというテロ事件を起こしたばかりだ。

英国のキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は、「IS-Kは現在最も活発なテログループであり、その起源はアフガニスタンで、過激で暴力的なジハーディスト(イスラム聖戦主義者)武装集団だ。おそらく現在、西側諸国で大規模なテロ攻撃を実行できる唯一のIS分派だ」と説明している。IS-Kにはアフガンやタジキスタン、ウズベキスタンなどからリクルートされたジハーディストたちが集まっている。

同教授は23日、ドイツ民間ニュース専門局ntvとのインタビューで、今回のISのテロ犯行声明について、①犯行声明を出したチャンネル(アマック)はISが通常利用しているものだ、②テロのやり方はISだ、③米国が事前にISのテロの脅威を警告していた、等の3点を挙げ、IS犯行声明は間違いないと述べている。ISはシリアではロシアと戦い、ロシアのコーカサス地域でも活動している。

ISは今年に入り、イランとモスクワでテロ事件を行ったことになる。イラン革命後、最悪のテロ事件となったケルマンのテロ事件の場合、ISはイランの大半を占めるシーア派住民をイスラム教からの背教者とみなし、彼らを軽蔑している。スンニ派過激テロ組織のISによるシーア派の盟主イランへの攻撃という構図が浮かび上がる。

それではISはなぜモスクワでテロ事件を犯したのか。考えられるシナリオはロシア軍のシリア内戦でのISへの攻撃に対する報復だ。すなわち、イランのケルマンのテロ事件とモスクワのテロ事件を繋ぐ共通点はシリア内戦だ。ISはイラン革命防衛隊(IRG)司令官だったカセム・ソレイマニ将軍の命日である1月3日の追悼行事中にテロを行った。ソレイマニ司令官はシリアの内戦でIS攻撃の中心人物だった。

モスクワのテロ事件は明らかにISの仕業だ。西側批判を強めているプーチン氏は、ISが異教徒への戦闘を呼び掛けてきていることを見逃している。IS分派は今年に入り、イランのケルマンとロシアのモスクワで大規模なテロを行った。両国とも反米主義、反西側世界を掲げている国だが、同時に、イランはシーア派であり、モスクワは正教国だ。スンニ派過激組織ISにとっては異教徒だ。ISはここにきて異教徒への敵意を強めてきているのだ。

ちなみに、米国の政治学者イアン・ブレマー氏はソーシャルメディアプラットフォーム「スレッド」とX(旧ツイッター)の中で、国家安全保障分野におけるロシア指導部の一連の失敗を「驚くべきこと」と呼んでいる。プーチン大統領は過去2年間で3つの大きな誤った判断を下したという。具体的には、プーチン大統領は、①ウクライナを短期間で制圧できると信じた、②同国の民間軍事会社「ワグネル」の創設者エフゲニー・プリゴジン氏(当時62)の24時間内乱を事前に抑えることができなかった。③差し迫ったテロ攻撃に関する米国諜報情報を拒否し、ロシア国民を守ることに失敗した。安保対策でプーチン大統領の弱点が表面化してきている、という指摘だ。

プーチン大統領は、クロッカス市庁舎でのテロ攻撃で死亡した人々の追悼の意を表した。クレムリンHPより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。