世界に13億人を超える信者を有する世界最大のキリスト教派、ローマ・カトリック教会は31日、ローマ教皇フランシスコの主礼のもと復活祭(イースター)を祝った。復活祭は十字架上で殺害されたイエスが3日後に生き返り、弟子たちの前に現れたことを祝う日だ。キリスト教はイエスの誕生を祝う「クリスマス」から始まったのではなく、「復活したイエス」から始まった。
87歳の高齢のフランシスコ教皇は30日夜、復活徹夜祭をバチカン大聖堂内で行った後、31日午前には聖ペテロ広場で記念ミサを行い、同日正午に大聖堂の中央バルコニーから復活祭のメッセージを発信した。
復活祭当日のローマは生憎の曇り空で風が強い日だった。聖ペテロ広場には世界各地からおよそ5万人の巡礼者が詰めかけ、教皇のメッセージに耳を傾けた。
教皇はイエスの復活の勝利によって人類が神の下に帰る道が開かれたと強調。その後、ウクライナ戦争とイスラエルとパレスチナのガザでの戦闘に言及し、「如何なる戦争も解決をもたらさない。戦争は敗北を意味する。心を開き、対話し、和解することでしか問題は解決できない」と述べた。その上で、戦闘の即停止、人質の解放とガザ区への人道支援の履行を訴えた。
ウクライナ戦争では「国家の主権を尊重すべきだ」と述べ、ロシア側のウクライナ侵攻を間接的に批判し、「ロシアとウクライナは戦争囚人の交換を実施すべきだ」と語った。
スーダンの民族間の和平など世界各地の紛争地にも言及し、復活されたイエスがもたらす希望を全ての人々と分かち合うように求めた。また、紛争や、暴力、テロリズム、社会・経済的危機、社会的分裂や緊張のあるところに、平和と和解、安定がもたらされるよう、復活したキリストの光と希望をアピールした。その後、教皇はローマと世界に向けた祝福「ウルビ・エト・オルビ」を発信し、復活祭の全イベントを終えた。
2024年の復活祭で気になった点は、「聖金曜日」のイベント、ローマの円形闘技場遺跡コロッセオでの復活祭の行事にフランシスコ教皇が健康を理由に欠席したことだ。バチカン側は、「復活徹夜祭や復活祭のミサなどを控え、教皇の体調を整えるために聖金曜日の行事を欠席してもらった」と説明した。ただし、教皇の健康状況については「特別問題はない」と指摘、健康の悪化説を一蹴した。
ちなみに、フランシスコ教皇は変形性膝関節症に悩まされている。膝の関節の軟骨の質が低下し、少しずつ擦り減り、歩行時に膝の痛みがある。最近は一般謁見でも車いすで対応してきた。教皇は2021年7月4日、結腸の憩室狭窄の手術を受けた。故ヨハネ・パウロ2世ほどではないが、南米出身のフランシスコ教皇も体力的には満身創痍といった状況だ。
当方は、コロッセオでの聖金曜日の行事(イエスが十字架上で殺害された日)に教皇が欠席した本当の理由はイスラム過激派テログループの襲撃の情報が入っていたからではないか、と推測している。コロッセオ闘技場遺跡周辺の安全確保は容易ではなく、テロリストの襲撃を完全に防ぐことが難しい、という治安関係者からの警告があったからではないか。
ロシアの首都モスクワ北西部郊外で3月22日、開催予定のロシアのロックバンドのコンサート会場「クロッカス・シティー・ホール」にイスラム過激派テロリストが襲撃、集まっていたファンたちを銃撃し、火炎瓶を投げ会場に火をつけ、少なくとも143人が死亡したテロ事件が起きたばかりだ。犯行直後、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)がSNS上で犯行を表明した。イタリア当局は3月25日、ローマを含む国内のテロ警戒レベルを引き上げている。
ところで、復活とは、元の状況に戻ることを意味する。人間の場合、「死」の状況から「生」の世界に戻ることを意味するとすれば、大多数の人はやはり「復活」を願う。人は誰でも幸せになることを願うからだ。人生で挫折した時、人は挫折する前の状況を取り戻そうと苦悩するし、愛する人を失った場合、その人との幸せだった日々を思い出そうとする。「復活イエス」は、死を超克した勝利者として敬慕され、その教えを信じる人々が出てきたわけだ。
イエス自身、「死」について2通りの解釈をしている。「生きているの名ばかりで、実は死んでいるのだ」(新約聖書「ヨハネの黙示録」第3章)とか、「たとえ死んでも生きる」(「ヨハネによる福音書」)と主張している。神の懐の中に生きる者はたとえ肉体的に寿命が尽きたとしても、神と共に永遠に生きる、という意味が含まれているのだろう(「エッケ・ホモ」(この人を見よ)2023年4月8日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。