ウクライナ戦争の大義と欧州の再軍備

ブリュッセルで3日から2日間の日程で北大西洋条約機構(NATO)加盟国の外相会議が開催された。4日にはNATO創設75周年の祝賀会が挙行された。フィンランド、スウェーデンの北欧2カ国を加え、NATOは32カ国体制となった。創設75周年にはブリンケン米国務長官をはじめ、加盟国の外相が一同結集した。NATOは1949年4月4日に12か国が条約に署名して設立された。ストルテンベルグ事務総長は創設75周年を歓迎し、「我々は歴史上最も強力で最も成功した同盟である」と述べている。

ブリュッセル本部で開催されたNATO外相会議(2024年04月04日、NATO公式サイトから)

NATOはロシア軍の侵攻以来、ウクライナを軍事支援してきた。外相会議では如何にウクライナを持続的に支援するかが焦点となった。ストルテンベルグ事務総長は会議前にウクライナへの軍事支援のために今後5年間で1000億ユーロの基金を設立させる案を発表した。

各外相が会議前後で国の立場、見解を記者団に述べたが、その中でベアボック独外相の発言が光っていた。同外相はNATOによる1000億ユーロ相当のウクライナ援助基金の提案に慎重な反応を示し、「NATOと欧州連合(EU)の約束が重複してはいけない。ここで個々の数字を議論しても意味がない」と強調。そのうえで、「信頼できる財政援助がウクライナに提供され続けなければならないことは明らかだ。自由と民主主義の保護は、次の選挙日までにのみ適用されるべきではない。私たちの子供たちの将来に関わるものだ。安全保障には信頼性が必要だ」と語っている。同外相によると、ドイツはすでにウクライナへの民事・軍事支援として320億ユーロを提供している。米国についで2番目の支援国だ。

ウクライナ軍は現在、弾薬不足と兵力不足に直面し、ロシア軍の攻勢に守勢を余儀なくされてきた。NATO外相会議に参加したウクライナのクレバ外相はロシア軍のミサイル攻撃、無人機対策のために「対空防衛システムの強化」を訴えた。なお、ゼレンスキー大統領は2日、動員年齢をこれまでの「27歳」から「25歳」に引き下げ、予備兵を徴兵できる法案に署名した。

ウクライナ議会では予備兵の徴兵年齢の引き下げ問題は昨年から議論されてきたが、ゼレンスキー氏は国民への影響を考え、最終決定まで9カ月間の月日を要したことになる。動員年齢引き下げが実施されれば、40万人が対ロシア兵役に徴兵される可能性が出てくる。ゼレンスキー氏は兵役の資格基準を調整する法律にも署名している。

なお、キーウの一人の中年の女性はドイツ民間ニュース専門局ntvのインタビューに、「自分は一人の息子しかいない」と述べ、徴兵年齢の引き下げに該当する息子が兵役に就くことに懸念を吐露していた。

ウクライナ支援問題がアジェンダとなる会議では常にテーマとなるのは、トランプ前米大統領が11月の米大統領選で勝利し、ホワイトハウスにカムバックした場合、NATOはどうなるか、ウクライナ支援はどうなるかだ。ストルテンベルグ事務総長が1000億ユーロ構想を提案したのは、NATOが米国から独立し、欧州の軍事力をアップさせるためだ。ちなみに、NATO諸国の国防支出レポートによると、過去75年間、米国はNATOの国防予算に21兆9000億ドルを拠出している。

ちなみに、米国は現在、ウクライナへの武器供与の調整を主導している。独ラインラント=プファルツ州のラムシュタイン米空軍基地やブリュッセルなどで定期的に会議を開催してきたが、トランプ氏が勝利した場合、米国がウクライナへの関与を大幅に縮小、あるいは停止する可能性がある。そこで軍事支援で各国の調整を行ってきたウクライナ防衛諮問グループ(ラムシュタイン・グループ)の仕事をNATOが主導していく計画が出てくるわけだ。

北大西洋軍事同盟NATO創設75周年を機に、ドイツ、フランス、ポーランドの3国、通称ワイマール・トライアングルの3外相(ベアボック外相、セジュルネ仏外相、シコルスキー・ポーランド外相)は共同書簡の中で、「米国は長い間、他の同盟諸国よりも大きな負担を背負ってきた。集団的防衛は共同の努力が必要だ。欧州は防衛力を強化し、大西洋横断の安全保障に貢献する必要がある」と記している。もはや国内総生産(GDP)の2%を防衛に費やすといった公約の域を超え、欧州の再軍備化宣言だ。

戦争が長期化すれば、欧米諸国でも国民経済が厳しく、ウクライナ支援への余裕を失う国が出てくるだろう。ハンガリーやスロバキアはウクライナ支援には消極的、ないしは拒否している。そのような中、NATO加盟国には「ウクライナ戦争は民主主義を守り、次の世代の安全のための戦いだ」という大義を見失わないことがこれまで以上に重要となってきている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。