「4月の夏」が到来した

オーストリアは筆者が住み始めた40年前はまだ春・夏・秋・冬の4つの四季が定期的に訪れたが、季節の移り変わりが次第に薄れ、カレンダーでは冬が到来したのに雪が降らないといったシーズンが増えてきた。今年もウィーンでは数回の雪しか降らなかった。

散歩道の花壇(2024年4月5日、ウィ―ン16区で撮影)

このコラム欄で数回書いたが、1980年初めごろ、オーストリアに住みだした時、知人が「ここに住むには冬には厚い外套(マンテル)が必要だよ」とアドバイスしてくれた。そこでかなり重いマンテルを買ったが、マンテルが必要な冬が到来しなくなったこともあって、マンテルをどこに仕舞ったか忘れてしまった。

今年の2月、3月は気象庁観測史上もっとも暖かな月となった。そして4月に入った。本来ならば厳しい冬を終え、花や虫が出てきて一年でも最も過ごしやすい季節だが、5日の日中の最高気温は24度、7日には30度に迫るという。地中海からの高気圧に覆われ、週末には北アフリカから非常に暖かい空気がオーストリアに流れ込むというのだ。4月に真夏日が到来するわけだ。ちなみに、最も早い猛暑日(最高気温が35℃以上)はザルツブルク市で1934年4月17日に測定された。

オーストリア気象庁の予測では、今後数日間の気温は、4月の第1週の平均値より約15度高くなる。標高1500メートルの山では最高20度、標高2000メートルでは15度まで気温が上がる。グロースグロックナー山頂でも気温は氷点以上になるという。少々異常な状況だ。4月も観測史上最も暑い4月となることは間違いないという。このトレンドが続くと7月、8月はどんな猛暑となるだろうか。

当方は欧州で数回、40度以上の気温を体験した。チェコの首都プラハで40度以上を体験した時、ムーンとした熱風が頬を包む。風景がボーと沸騰しているように感じたことを思い出す。2018年の8月はウィーンでも40度を超えた(「『地球』に何が起きているのか」2018年8月8日参考)。

「2022年地軸大変動」(松本徹三著)というSFを読んだことがある。地軸の大変動で熱帯地域から極寒帯地になるアフリカ大陸の人々を救うために世界の指導者たちは英知を結集。地軸の変動が開始する前にアフリカ国民を安全な地域に移住させようと史上最大規模の移住計画が立てられる。アフリカは多くの犠牲を払いながらも、アフリカ連邦共和国として存続していくという話だ。ハッピーエンドだが、非常に啓蒙的な話だ(「『2022年地軸大変動』を読んで」2021年11月7日参考)。

東日本大震災(2011年3月11日)では地球の地軸が僅かだが動いたと聞いたことがある。地球温暖化は久しく警告されてきた。地球温暖化には人類の責任が問われるかもしれないが、地軸変動は人類の責任というより、惑星地球の運命と受け取るべきかもしれない。

参考までに、米航空宇宙局(NASA)は2021年11月24日、地球に接近する小惑星の軌道を変更させることを目的とした「DART」と呼ばれるミッションをスタートさせた。未来の地球の安全を守るためにNASAと欧州宇宙機関(ESA)が結束して「地球防衛システム」を構築するためのビッグプロジェクトだ。DART計画は、宇宙探査機(プローブ)を打ち上げ、目的の小惑星に衝突させ、小惑星の軌道の変動を観察する実験だった。NASAの管理者、ビル・ネルソン氏は2022年10月11日、小惑星衛星ディモルフォスの軌道が9月のDART探査機の衝突の結果、その軌道に影響があったと語ったのだ。ディモルフォスがディディモスを周回するのにこれまで11時間55分かかっていたが、現在は11時間23分だ。人類は惑星の運命すら変えようとしているのだろうか(「天体の動きを変えた人類初の試み」2022年10月13日参考)。

当方は「4月の夏」を迎えたアルプスの小国オーストリアの気象の変動から人類の終末、黙示論的な世界を描く意図は全くないことを断っておく。名探偵シャーロック・ホームズが友人ワトソン博士に「君は僕と同じように見ているが、僕のようにそれを観ていない」と語る場面がある。当方は努力して少しでも観ていきたいのだ。

4月に30度の気温を体験することは気象学的には少なくとも正常ではない。めったにないことだから、「4月の夏」をエンジョンすればいいだろう、という意見もある。長い地球の歴史には過去、同じようなことがあった。驚くことはない、と楽観視することも可能だろう。

ところで、イエスは「いちじくの木から譬を学びなさい。その枝が柔らかになり葉が出てくると、夏が近いことが分かる」(「マルコによる福音書」第13章)と述べ、時の徴(しるし)を見逃してはならないと警告を発している。当方は「4月の夏」の訪れに一種の緊張感と戸惑いを感じている。

sbayram/iStock


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。