米3月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は、前月に続き市場予想を大幅に上回りました。さらに、労働参加率が改善したにもかかわらず、失業率は低下。平均時給は市場予想と2月と一致し、賃上げ圧力を確認せず、ソフトランディングへ向け全方位で好結果となりました。パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長が4月3日に言及したように、Fedが利下げを急ぐ必要はなさそうです。
力強い米3月雇用統計の結果を受け、FF先物市場で6月の利下げ織り込み度は50.8%、前日の59.8%から低下した。年内利下げ確率は、引き続きわずかながら3回が優勢となる。米3月雇用統計直後は前日比で小幅上昇する場面もありましたが、ボウマンFRB理事が「基本シナリオではないが、インフレが減速せずむしろ上昇が加速するなら追加利上げの必要も」と言及したため、利下げ観測の後退を招きました。
画像:FF先物市場の反応(NY時間12時時点)
ドル円は発表直後に一時151.80円まで本日安値を更新後は上げ渋りとなった。その他、米株はゴルディロックス経済を好感し上昇、米債は下落(利回りは上昇)するなど、米金融市場はまちまちの反応となった。
日足チャート:ドル円はローソク足(右軸)、米10年債利回りはオレンジ線(左軸)、米2年債利回りは水色線(右軸)
今回の雇用統計のポイントは、以下の通り。NFPの力強さを受けながら、細かく見ると弱い材料が目立ち歪な結果という印象は禁じ得ません。
(労働市場にポジティブ)
・NFPが市場予想や前月を上回り、2023年5月以来の力強い伸び
・過去2カ月分が2.2万人の上方修正(※ただし、1月分は速報値ベースから9.7万人の下方修正)
・週当たり労働時間、2020年4月以来の低水準から小幅改善
・失業率、2022年1月以来の水準へ上昇
・労働参加率は4カ月ぶりの水準へ改善
・就業率、4カ月ぶりの水準へ改善
・家計調査の就業者数、4カ月ぶりに増加
・民間部門の総賃金(雇用者数×週平均労働時間×時給)の上昇
(労働市場にネガティブ/ニュートラル)
・平均時給の伸び、前月比と前年同月比ともに市場予想以下(インフレ抑制の観点ではポジティブ、購買力の観点でネガティブ)
・不完全就業率は2021年12月以来の高水準
・失業者のうち自発的離職者が減少、解雇者数が増加し企業の雇用に対する慎重姿勢を示唆
・家計調査の就業者数は4カ月ぶりに増加も、フルタイムの就業者は4カ月連続で減少
・パートタイムの就業者数は5カ月ぶりに増加、複数の職を持つ者も3カ月ぶりに増加し労働市場の質は低下
以下は、今回の雇用統計の詳細。
〇非農業部門就労者数
米3月雇用統計・非農業部門就労者数(NFP)は前月比30.3万人増となり、市場予想の21.2万人増を上回った。前月の27.0万人増(27.5万人増から下方修正)も超え、2023年5月以来の力強い伸びとなった。
NFPの内訳をみると、民間就労者数は前月比23.2万人増と市場予想の16.0万人増を上回った。NFPと同じく、2023年5月以来の強い伸びとなる。前月の20.7万人増(22.3万人増から下方修正)も超えた。民間サービス業は19.0万人増と、前月の19.0万人増(20.4万人増から下方修正)と一致した。
チャート:NFPは増加トレンドを維持、失業率は2022年1月以来の高水準から低下
1月分の2.7万人の上方修正(22.9万人増→25.6万人増)と合わせ、過去2ヵ月分では合計で2.2万人の上方修正に。とはいえ、1月分は速報値の35.3万人増からは、9.7万人の下方修正となるため、2023年以降、14回のうち速報値ベースで12回目の下方修正を迎えた。以前から筆者が指摘し2023年7月に入ってウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙も記事で取り上げたように、NFPは労働市場を過大評価している可能性が再び意識されよう。
チャート:年初来のNFPと、修正幅(グレー枠は2023年での修正幅)
サービス部門のセクター別動向は11業種中で9業種で増加し、速報値ベースで10業種だった前月を下回った。今回最も雇用が増加した業種は6カ月連続で教育・健康、次いで政府が入り、前月2位だった娯楽・宿泊は3位。その他、情報は横ばいだったほか、公益が小幅ながら15カ月ぶりに減少した。
(サービスの主な内訳)
財生産業は前月比4.2万人増と、5カ月連続で増加。業種別をみると、建設が12カ月連続で増加しほか、鉱業・伐採は2カ月連続で増加した。もっとも、製造業は横ばいにとどまった。
(財生産業の内訳)
チャート:業種別、雇用の増減
チャート:20年2月との比較、民間サービス部門は前月の4.2%増→4.3%増と24ヵ月連続でプラス圏をたどると共に上げ幅を広げた。政府を含めたサービス部門の11業種中、当時の水準を超えた業種は、前月まで6カ月連続で10業種を経て今回は11業種に増加。輸送・倉庫、専門サービス、情報、金融、公益、卸売、教育・健康、小売、政府に加え、今回初めて娯楽・宿泊が加わった。一方で、その他サービスのみ、引き続きマイナスをたどった。
(出所:Street Insights)
財部門は3.5%増と前月の3.3%増を上回り、23ヵ月連続でプラス圏を守った。建設が前月の7.3%増→7.8%増と伸び拡大に寄与した一方で、製造業は前月と変わらず1.4%増だった。鉱業・伐採は引き続きマイナスをたどったものの、前月の6.4%減→5.7%減に縮小した。
〇平均時給
平均時給は前月比0.3%上昇の34.69ド ル(約5,240円)と、市場予想と一致した。前月の0.2%(0.1%から上方修正)を超え、2021年2月以降の上昇トレンドを維持した。前年同月比は4.1%と市場予想と一致し、前月の4.3%を下回り、2021年6月以来の4%割れが近づいた。生産労働者・非管理職の前年同月比も4.2%と、前月の4.6%(4.5%から上方修正)を下回り、2021年6月以来の低い伸びだった。
チャート:平均時給、生産部門・非管理職と合わせ前年比で2021年6月以来の低い伸び
〇週当たり労働時間
週当たりの平均労働時間は34.4時間と、市場予想と前月の34.3時間から改善した。2020年3月以来の低水準だった1月の34.2時間から改善を続けたが、2006年以来の最長を記録した2021年1月の35時間を下回り続けたままだ。財部門(製造業、鉱業、建設)は39.9時間と5カ月ぶりの水準を回復、1月は34.5時間と2020年6月以来の低水準だったが、引き続きコロナ禍で最長となった2022年2月の40.3時間以下が続く。全体の労働者の約7割を占める民間サービスは前月に続き30.3時間で、2006年以降で最長を記録した2021年5月の33.9時間以下が続く。
チャート:週当たり平均労働時間は、2020年4月以来の低水準から改善続く
〇総労働投入時間、民間の総賃金
総労働投入時間(民間雇用者数×週平均労働時間)は就労者数の伸びが前月を上回ったほか労働時間が前月から延びたため、前月比で0.2⑤増と2カ月連続で増加した。平均時給も前月を上回る伸びで、労働所得(総労働投入時間×時間当たり賃金)は前月比0.8%増と5カ月連続で増加した。
民間部門の総賃金(雇用者数×週平均労働時間×時給)は前月比で0.8%増と前月の0.6%増を超え、2023年5月以来の伸びを記録した。好調な雇用の伸びと合わせ、民間部門の総賃金は個人消費を下支えしていると言えよう、前年同月比は5.9%増と、3カ月ぶりの6%乗せに接近。ただ、3カ月平均は前月の5.4%→5.3%増と鈍化トレンドを保った。
チャート:総賃金は改善も、3カ月平均では鈍化トレンド継続
〇失業率、労働参加率、就業率、不完全就業率、長期失業者
失業率は3.8%と、2022年1月以来の高水準だった市場予想と前月の3.9%を下回った。労働参加率が前月まで3カ月連続で62.5%を経て、今回62.7%へ改善した調査で失業者数が前月比2.9万人減、就業者数が同49.8万人増となったことが支えとなって失業率は低下した。
自発的離職者数は83.2万人と3カ月ぶりに増加、2021年1月以来の低水準となった前月の71.1万人から回復した。自発的離職者数に占める失業者の割合は12.7%へ上昇、前月は11.0%と2021年9月以来の低水準だった。
チャート:自発的離職者数は3カ月ぶりに増加、2019年平均へ戻す
自発的離職者数が3カ月連続で増加した一方で、解雇者数(一時的な解雇ではなく再編やM&Aなど会社都合での解雇者、派遣など契約が終了した労働者)は、前月比12.6万人減の226.3万人と3カ月ぶりに減少、2021年11月以来の高水準だった前月から後退した。ただし、水準自体は増加傾向を保つ。解雇者数の割合は前月の36.8%→35.0%へ低下しつつ、失業者のシェアで1位を維持した。その他、一時解雇者は前月の12.8%→12.1%へ低下し、再参入者も前月の30%→29.5%へ低下。ただし、新規参入者は前月の9.4%→10.5%と、まちまちだった。
チャート:失業者に占める解雇者のシェアを始め一時解雇者や再参入者低下した一方で、自発的離職者数と新規参入者は上昇
チャート:解雇者は2021年11月以来の高水準から減少も、トレンドとしては増加傾向
チャート:労働人口に占める解雇者比率は3月に1%割れへ戻すも、こちらもトレンドとしては上方向
解雇者数の増加などが失業者数を押し上げるなか、サーム・ルール(失業率の直近3ヵ月移動平均と過去1年間での最低水準の差が0.5pt以上なら、1年以内に景気後退入りするとの説)を確認すると、3月は0.3ポイントと前月の0.27ポイントから上昇し、コロナ禍での景気回復局面で最高をつけた2023年10月の0.3ptに並んだ。景気後退入りのサインとなる0.5%乗せに近づいた格好だ。
チャート:サーム・ルール(直近3カ月の移動平均と過去1年間の最低水準の差)は0.27ptと、景気後退のサイン0.5%に接近中
労働参加率は前述したように62.7%と、4カ月ぶりの水準を回復。20年2月(63.4%)以来の高水準を回復した2023年11月の62.8%を下回った。
就業率は60.3%と前月の60.1%を上回り、4カ月ぶりの水準を回復も、2020年2月(61.1%)以下が続く。
チャート:労働参加率は横ばい、就業率は小幅低下
経済的要因でパートタイム労働を余儀なくされている者などを含む不完全就業率は、前月と同じく7.3%。家計調査でパートタイムが増加するなかで、高水準を保った。
チャート:不完全就業率、2021年12月以来の高水準を維持
失業者とは、①失職中、②過去4週間に職探しを行なった、③現在、勤務が可能――の3条件を満たす必要がある。失業期間の中央値は9.3週から9.5週と3カ月ぶりに延びた。27週以上にわたる失業者の割合も19.5%と前月の18.7%から上昇した。
チャート:長期失業者が全失業者に占める割合は、再び上昇
〇病気が理由で働けないとする人々
「病気が理由で働けない」とする人々は今回、前月比10万人減と2カ月連続で減少し110.8万人。引き続き、コロナ前平均の2015‐19年の平均値を上回ったが、冬が終わりを告げるタイミングでインフルエンザやコロナが再拡大が落ち着きつつあるようだ。
チャート:「病気が理由で働けない」とする人々は2015-19年の平均値を上回る水準が続くが2カ月連続で減少
〇家計調査の就労者内訳
足元、事業所調査(給与台帳ベース、NFPや平均時給、週当たり労働時間など、CES)と家計調査(聞き取り調査ベース、失業率や労働参加率など、CPS)の就業者数の数字を比較すると、今回はNFPが30.3万人増に対し、家計調査の就業者数は49.8万人増と4カ月ぶりにNFPと足並みをそろえ増加した。
チャート:NFPと家計調査の就業者数の結果、4カ月ぶりにそろって増加
家計調査の就業者数を雇用形態別でみると、フルタイムが前月比0.6万人減と小幅ながら4カ月連続で減少した。一方で、パートタイムは同69.1万人増と5カ月連続で増加。複数の職を持つ者も同21.7万人増と3カ月ぶりに増加するなど、企業は正社員以外での雇用に積極的な様子を確認した。
チャート:フルタイムは4カ月連続で減少、パートタイムは5カ月連続で増加
チャート:複数の職を持つ者は3カ月ぶりに増加した結果、1994年のデータ公表以来で2番目の高水準に
米労働市場の堅調ぶりの証左として低水準で推移する米新規失業保険申請件数が挙げられるが、過去と比べ増加しない一因として、①給付額が米国内のインフレを加味していない、②パートタイムで働いた方が時給がよい(ex:カリフォルニア州でファストフード店の時給が20ドルへ引き上げ)--が挙げられる。実際、2022年以降の米新規失業保険申請件数・4週平均の月末値とパートタイムの就業者を比較すると、両者は概ね反比例の関係にあり、失業者は失業保険よりパートタイム勤務を選択しているようだ。
チャート:米新規失業保険申請件数・4週平均とパートタイム就業者数は、概ね反比例の関係
NFPと家計調査の就業者数の動向の、どちらを信用すべきか悩むところだろう。米労働統計局によれば、NFPを含むCES(他に平均時給、週当たり労働時間が含まれる)は、他指標とコロナ禍を経て同様に回答率が低下をたどる。直近のデータをみると、CESは2023年9月に41.8%、雇用動態調査(JOLTS、求人件数などを含む)は32.4%と、それぞれ低水準を保った。失業率や労働参加率などを管轄するCPSは対面と電話での聞き取り調査となるなか、2023年10月に71.3%と、他と比較して高い。こうした違いを踏まえれば、CESの結果よりCPSの方が信頼性が高いように見える、しかし、CESの調査対象は12万2,000以上の会社や政府機関である一方で、CPSは6万世帯に過ぎない。従って、通常は雇用の伸びについてはNFPを扱うCESを重視する傾向が強い。
チャート:雇用関連の調査回答率は低迷
〇起業・閉鎖モデル
以前からお伝えしたように、これまで筆者は、複数の職を持つ者がNFPを押し上げた可能性を指摘していた。理由は、NFPの場合、賃金をベースにカウントするためで、家計調査と異なるため(i.e. 副業を持つ就業者の場合、NFPなら2つの雇用増とされるが、家計調査は仕事が2つあっても、1人分として集計する)。最近では、NFPを算出する上での起業・廃業モデルにも注目。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙も、2023年7月に同様の記事を配信し、起業・廃業モデルなどを理由に「NFPは労働市場を過大評価している可能性」を取り上げ、筆者以外に疑問視する声の存在を感じさせていた。
今回を振り返ると、起業の増加推計がNFPの雇用増を支えなかったようだ。起業・閉鎖調整ベース(季節調整前)の雇用増加をみると前月比2.1万人減と、前月の15.1万人増から、むしろ減少に転じた。
チャート:起業・閉鎖調整ベースの雇用増(季調前)は、小幅減
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2024年4月6日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。