核武装が招く「予防戦争」のリスク

野口 和彦

核兵器を開発したり、保有したり、配備したりしようとする国家は、「予防戦争」を誘発するリスクを負います。このことは国家安全保障上の重要なテーマであるにもかかわらず、我が国では、ほとんど議論されることがないようです。そうした日本の言論空間の隙間を埋めるために、私はこの記事を書くことにしました。

国家は核武装する際、敵対国から、それを阻止したり遅らせたりするための「予防戦争」や「予防攻撃」を仕掛けられる恐れがあります。その一方で、現在の核兵器保有国は、そうした武力行使に妨害されることなく核武装を成功させました。

はたして核拡散(核兵器を保有する国家が増えること)を封じようとする予防的な軍事介入は、どのような条件が整えば実行されるのでしょうか。

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核武装、予防戦争と政治指導者の信念

これは現代世界における最も重要な問題の1つです。なぜならば、新たな核拡散と予防戦争が現実味を帯びているからです。伝えられるところによれば、イランの核兵器の開発は加速化しており、アメリカは同国の核保有を「許さない」と警告しました。

そのイランは先日、イスラエルに対してドローンなどによる直接攻撃を行いました。これに対してイスラエルのネタニヤフ首相は、「我々に危害を加える者には反撃する」との声明を発表しました。もはや両国は「一触即発」の状態であり、かねてからイランの核開発を懸念していたイスラエルが、それを阻止するための「予防攻撃」へのインセンティブを高めそうな気配です。

核不拡散を研究するシンクタンクの研究員であるアンドレア・ストリッカー氏は、イランが核兵器の製造に近づくと、イスラエルもしくはアメリカによる関連施設への「予防攻撃」を招きかねないと、かねてから警告していました。今回のイランによるイスラエル本土への武力行使は、この予防攻撃の実行を促す「触媒効果」として作用してしまうことが懸念されます。

それでは、何が核拡散を阻止する予防攻撃を引き起こすのでしょうか。このパズル(謎)に取り組み、1つの答えをだしたのが、若手政治学者のレイチェル・エリザベス・ウィットラーク氏(ジョージア工科大学)による力作『あらゆる選択肢が検討されている—指導者、予防戦争、そして核兵器の拡散—』です。

彼女によれば、政治指導者は、核兵器の拡散が国際システムを不安定化したり、抑止不能な核武装した敵国を台頭させたりすると恐れる、「核の悲観主義(nuclear pessimism)」 の信念を持つと、敵国の核武装を防ぐために軍事攻撃を行うか、少なくとも、そのようなオプションの実行を真剣に検討するということです。

この仮説を検証するために彼女が取り上げた事例は、中国の核兵器開発計画に対するケネディ大統領とジョンソン大統領の対応、北朝鮮の核開発計画に直面したブッシュ(父)大統領、クリントン大統領とブッシュ(子)大統領の核拡散防止をめぐる政策決定、イスラエルの歴代首相によるイラク、シリア、パキスタンの核武装化に対する予防攻撃の意思決定過程です。

核兵器開発計画が引き起こした予防戦争の事例

核拡散について悲観的な信念を持っていたケネディ大統領は、中国が核兵器の保有に向かうことを深く憂慮して、その関連施設を破壊する軍事介入をかなり真剣に検討しました。しかしながら、その選択肢が実行されなかったのは、彼が大統領の任期の途中で暗殺されてしまい、後任のジョンソン大統領が中国の核武装をアメリカへの直接的な脅威とはみなさなかったからだと本書は論じています。

イラクの核開発計画については、「核の楽観主義者(nuclear optimist)」だったブッシュ(父)大統領は、同国がクウェートに侵攻して国際秩序を脅かしたことに付随して懸念した程度であった一方で、クリントン大統領は核の悲観主義者であるがゆえに、イラクの大量破壊兵器関連施設に対する「砂漠の狐」作戦を実行したのみならず、北朝鮮の核兵器開発を阻止する外科手術的な予防攻撃も発動する寸前でした。

後者が実行されなかったのは、カーター元大統領が電撃的に平壌を訪問して金日成国家主席と会談した結果、金氏が国際原子力機関(IAEA)の核査察を受け入れる意思を示したことをきっかけとして、同国の核開発を凍結する「枠組み合意」が成立したからだということです。要するに、これで北朝鮮への核拡散を防ぐことができる目途が立ったので、軍事介入は不要になったということです。

その後、ブッシュ(子)大統領は北朝鮮が密かに核兵器を開発していたことを知りましたが、2003年から始まったイラク戦争の泥沼化により、軍事オプションによる阻止を試みる余裕を持てなかったようです。

そのイラク戦争は、ブッシュ(子)大統領がサダム・フセイン政権の核保有を阻止するために行ったものでした。彼は父とは違い、核拡散の悲観主義者でした。そして9.11テロ事件は、イラクの核兵器がテロリストにわたり、それがアメリカの安全保障を脅かすことへの恐怖を増幅させました。

テロリストと結びついた核兵器を持つサダムは、封じ込めることも抑止することもできないという判断が、ブッシュ政権をイラクに対する予防戦争へと駆り立てたのです。

本書では、さらにイスラエルのベギン政権とオルメルト政権が、それぞれイラクとシリアの原子炉を破壊する軍事作戦を決定して実行する過程も克明に分析されています。くわえて、ベギン政権はパキスタンの核武装を阻止する共同軍事行動をインドに打診しましたが、不首尾に終わりました。これはあまり知られていない事実でしょう。

なお、イスラエルがパキスタンの核武装を恐れたのは、主要な直接の敵国だからということではなく、イスラマバードの核兵器が、敵対するイスラム国家に渡るのを恐れてのことでした。

その一方で、ラビン政権のイスラエルは、イラクの核関連施設を大胆に攻撃するより国防軍を強化することによる抑止を選好しました。なぜならば、ラビン首相は核拡散に対して、それほど悲観的ではなかったからだというのが、ウィットラーク氏の結論です。

予防戦争を招かなかった核武装の事例

このウィットラーク氏の理論は、敵国からの同じような核武装の脅威に直面したアメリカやイスラエルが、その政策決定に最も重要な影響力を行使できる大統領や首相の核兵器に関する信念により、対応が異なることをよく説明できます。

すなわち、国家の最高指導者が「核の悲観論者」の時には、敵国の核施設を叩く「予防戦争」に走りやすい一方で、「核の楽観主義者」の時には、抑止政策を選択するということです。

ただし、政治指導者の信念が国家の意思決定で果たす役割の程度については、かなり議論の余地を残しています。彼女自身も認めているように、この理論では、なぜアメリカやイスラエル以外の国家は敵の核武装を阻止する予防攻撃に傾きにくいのか、うまく説明できないのです。

大半の核拡散の事例では、予防戦争は起こっていません。ソ連やイギリス、フランスはもちろんのこと、イスラエルやインド、パキスタン、南アフリカも敵対国からの軍事攻撃により妨害されることなく核保有国になりました。

こうした核拡散のパズルについて、アレキサンダー・デブス氏(イェール大学)と故ヌノ・モンテーロ氏は大著『核政治』において、すべての核拡散の事例を詳しく調べた結果、国家の核武装を成功させる必要条件が、それを阻止するための予防戦争を敵対国に躊躇させるだけのパワーを持つことであると結論づけています。

確かに、彼らが言うように、ソ連やイギリス、フランスなどは国際システムにおける強力な主要国である一方で、核兵器の開発計画を予防攻撃で阻止されたり遅延させられたりしたイラクやシリアは、中級程度を下回る国家といえるでしょう。このことは核拡散の成否が国家間に配分されたパワーに左右されることを示しています。その一方で、国家の意思決定者に焦点を当てた理論には、核拡散の「母集団」の一部分しか説明できないという限界があるのです。

直視すべき予防戦争のリスク

こうした核拡散といった核兵器をめぐる国際政治については、優れた学者たちによる研究が急速に進んでいます。この記事で取り上げたウィットラーク氏による学術書も、その1つです。

これらの地道な実証研究の結果から今の段階で言えることは、ある国家が核武装を進めるにあたっては、①敵対国に軍事力といったパワーの指標で劣る場合、②敵対国の政治指導者が「核の悲観主義者」である場合、予防攻撃を受けやすくなるということです。

核兵器の保有に向けた計画と、それが引き起こすであろう予防戦争は、我が国にとっても他人事ではありません。この記事の冒頭で述べたように、日本人の生活に不可欠な石油の輸出先である中東地域では、イランの核兵器開発計画がイスラエルの予防攻撃を招くリスクを高めてきました。

①について、イランはアメリカとイスラエルの事実上の「同盟」に国力で劣ります。ただし、イランはイラクやシリアより国土が広く、軍事力も強力であるために、その核関連施設を武力行使により破壊することは、イラクやシリアの事例より明らかに困難であり、反撃されることに伴うコストも高くなります。このことはネタニヤフ氏やバイデン氏にイランへの予防攻撃をためらわせるよう働くでしょう。

②について、ウィットラーク氏は、「ネタニヤフが核拡散の悲観主義者であるのは明らかだ…バイデン大統領は歴史的に公の場で繰り返して、イランの核兵器を未然に防ぐ武力行使を支持してきた…彼はトランプやネタニヤフと同様、核拡散の悲観主義者である」と分析しています(『あらゆる選択肢が検討されている』、192ページ)。

実際、かつてバイデン氏は、イランの核武装を阻止するための最後の手段として、武力行使を用意していると述べました。ただし、現在のアメリカはウクライナにおけるロシアとの「代理戦争」にかなりの国力を割いているだけでなく、台頭する中国を封じ込めなければならないために、イランを攻撃することには限られた戦略的資源しか投入できませんので慎重になっています。

バイデン氏はイスラエルによるイランへの反撃作戦に参加せず、そうした作戦にも反対だとの考えをネタニヤフ氏に伝えたそうです。これにネタニヤフ氏も理解を示したということです。

しかしながら、これでイランの核開発をめぐる予防戦争の危険が消えたわけではありません。そしてイランとイスラエルもしくはアメリカが戦火を本格的に交えることになれば、これが日本に悪影響を及ぼすのは必至です。

隣の韓国では、ある世論調査によれば、7割の国民が独自の核武装に賛成しています。同時に、韓国の核武装に関するデメリットとしては、厳しい経済制裁を招くとか、米韓同盟にヒビが入るとか、核拡散のドミノが起こる、といったことが指摘されていますが、予防攻撃を受けるリスクの評価までには、ほとんど話が及んでいないようです。

しかし、核拡散に伴う最大の危険は、韓国のケースでも予防戦争の招来なのであり、そうなった場合、地理的に近い日本の安全保障は損なわれることになるでしょう。

ウクライナ戦争におけるロシアの核威嚇は、多くの人たちに核抑止の効用を再認識させているようですが、核抑止力を持つまでのプロセスにおける予防戦争のリスクとメカニズムは見過ごされているようです。

この考えたくもない恐ろしい問題に正面から取り組み、核拡散に対する政治指導者の悲観的な信念が予防戦争と結びついていることを明らかにした『あらゆる選択肢が検討されている』は、我が国で、もっと広く読まれるべきだと私は強く思います。