司法の信頼を貶める異常な判決
東京地裁判決令和4年(ワ)第4632号:北村紗衣vs雁琳(山内翔太)
北村教授への誹謗中傷について、東京地裁が加害者に220万円の高額賠償判決を命じました – 武蔵小杉合同法律事務所
武蔵大学人文学部准教授(現教授)の北村紗衣が雁琳(旧ネーム「永観堂雁琳」、本名:山内翔太)を名誉権・名誉感情侵害の不法行為として訴えた民事訴訟の判決が令和6年4月17日にあり、慰謝料200万円と弁護士費用の220万円の請求が認容されました。
ところが、東京地裁の論理におかしな点があり、ネット上では大きな反響(批判)がありました。
「本件訴訟のカンパ募集は同調者を煽る行為で慰謝料増額事由」
被告が前記のとおり本件訴訟のために公然といわゆるカンパを募ることは、同調者をあおるものといえる。これらは、原告の慰謝料増額事由として評価すべきである。
ここでの投稿とはTwitter=Xでの投稿のことです。
カンパ募集の投稿が同調者を煽る行為だから慰謝料増額事由である、という判示。
とんでもない発想です。
「雁琳カンパ罪」の問題:因果関係の不存在と裁判所による制度の創出
東京地裁の本判決は「雁琳カンパ罪」などと評され、その不当性が指摘されています。
大きく本判決の問題点は2つあると言えます。
- 因果関係はなぜ認定?
(1)カンパを募る⇒(2)同調者が煽られる⇒(3)同調者による何らかの行動がある⇒(4)北村氏の精神的損害、の因果経過が書かれてない - 一裁判所による制度の創造?
因果関係が認定出来たとして、大部分は相場を遥かに超える。これは「北村の損害の填補」ではなく「カンパ金からの徴収」乃至は「懲罰的損害賠償」では?
「同調者」は判決では「原告を貶める投稿を広く伝播して同調する」という意味ですが、彼らは雁琳氏とは異なる主体、別人格の存在です。そんな連中がカンパ募集ツイートをした後にどういう言動になるか?なんて、本質的に雁琳氏の知ったこっちゃない。この意味の「同調者」が実際に北村に対する違法な言動をしたとして、そんなの制御不可能です。そのため、雁琳氏の投稿が彼らの行動を導いたという因果関係が無いといけない。
カンパ募集ツイートとは以下のようなものですが、どれも「原告を貶める投稿を広く伝播すること」を求めてはいません。
「雁琳にカンパする者」は支援者か、北村を貶める投稿の賛同者か
前者は例えば「雁琳の投稿はよくないけど、訴訟で司法的非難を受けるようなものではない」もしくは「司法的非難を受けるべきものとしても、応訴の負担分は軽減させてあげたい」という立場・見解の者も居る可能性はある。
本件は雁琳氏が被告である=訴えられた受動的な立場ということから、そのような立場の者が訴訟のためのカンパを募集したところで、常に前項で指摘した意味での「同調者」に向けたものとは言えない。
仮に一部であっても「同調者」を煽ったと言えたとして、そもそも「煽られた」とは何を指すのか?おそらくは「原告=北村を貶める雁琳の投稿を再伝播する」という意味だろうが、カンパを求める投稿の内容にはそれは見出せないことは前項で見ました。
次に、カンパを求める投稿をしたこと自体にそれを見出せるとすれば、そのような効果のある投稿は他にいくらでもあるので、なぜカンパを求める投稿をしたことのみを取り上げるのか?という疑問が出てきます。
如何に雁琳氏が北村氏に対する違法な名誉権・名誉感情侵害の投稿を含む批判を多数投稿していたとは言え、単にそれだけでカンパ募集の効果として「北村を貶める雁琳の投稿を広く伝播する者が増えたり更に拡散したりする」とは言えないでしょう。*1
そうである以上、実際にカンパ募集投稿を見た者が「北村を貶める雁琳の投稿を広く伝播する」という行動を行ったという証拠を示すべきでは?その「量」も問題になってきます。
したがって、「カンパ募集投稿⇒煽る」の図式化は困難なはずです。
なぜ200万円もの慰謝料?利潤の吐き出し?懲罰的損害賠償?
仮にカンパ募集の投稿が精神的損害を導いたとして、なぜ総額が200万円もの金額になるのか?この額は、近年の高額化した名誉毀損・侮辱訴訟の賠償額の中においても高い部類に入ります。*2*3
前提として、元々原告は150万+弁護士費用の請求だったのが、カンパの分を請求増額して300万+弁護士費用の請求にしたという経緯があります。これは、原告側(代理人弁護士の見立てだろう)がカンパ分が無ければ150万円以上は相場的に無理だと考えていた証左でしょう
よって、少なく見積もってもカンパによる(損害)増額は50万円となり、それ自体違法でも無いカンパ募集行為に関して異常な状況となっています。
そのため、東京地裁の判決は「損害の填補」という不法行為に基づく損害賠償請求制度から離れて、実質的に「利潤の吐き出し」乃至は「懲罰的損害賠償」をさせているという、制度を勝手に創出しているという評価さえ可能な状況になっていると言えないか?
慰謝料額は裁判所の裁量だが…スラップ訴訟に対抗できない社会に?
最高裁判所第三小法廷判決 昭和38年3月26日 昭和35(オ)241 集民 第65号241頁
慰籍料額の認定は原審の裁量に属する事実認定の問題であり、ただ右認定額が著しく不相当であつて経験則もしくは条理に反するような事情でも存するならば格別、
慰謝料額・増額事由の判断は裁判所の裁量によるものですが、おかしな認定額は上訴の理由にもなります。
被告とは赤の他人である「同調者」なる者が「カンパで煽られた」ことで増額になるというなら、カンパ募集⇒同調者煽られ行動⇒損害拡大との因果関係が必要ではないでしょうか?
無根拠に論証無しで決めて良いものではないはずで、それが欠けている本件の判決は一部変更される余地があるのではないでしょうか?
そして、本件の判決の理屈が通用してしまうとなると、いわゆるスラップ訴訟(=嫌がらせや都合の悪い事を黙らせる等の目的で訴訟をすること)に対抗できない社会になるのではないでしょうか?
真実は適法であっても、応訴の仕方が不十分だと、裁判官の判断を歪ませる訴訟戦術に対抗できなかったり、適切な主張ができていないことが裁判官の心証を悪くし、その結果、訴訟に負けることは当たり前にあります。
金が無ければ本人訴訟をするかもしれず、弁護士も碌な者が付けられず、そういう状況になりかねない。
名誉毀損・侮辱の事案で、カンパ募集⇒原告を貶める投稿を同調者が再伝播、という定式化が安易に為されてしまうのは、そういう危険を孕んでいます。
編集部より:この記事は、Nathan(ねーさん)氏のブログ「事実を整える」 2024年4月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「事実を整える」をご覧ください。