先ず、ドイツの昨年の犯罪統計(PKS)を紹介したい。犯罪総件数は約594万件で前年比で5.5%増加した。そのうち、暴力犯罪件数は約21万5000件で前年比で8.6%増で15年ぶりの最高値を記録した。警察当局は暴力犯罪の増加を「争いを言葉で解決するのではなく、拳で解決する傾向が強まっている」と表現している。実際、暴力犯罪の中でも「危険で重い身体的損傷」が6.8%増の15万4541件に上昇した。また、「故意の軽度な身体的損傷」も42万9157件に増加し、7.4%増加した。これまでの最高値は2016年の40万6038件だった。
暴力件数の内訳をみると、強盗事件が約17%増の4万4857件に、ナイフによる攻撃が約10%増の8951件に増加した。一方、殺人、殺人未遂、依頼による殺人の件数は2%増の2282件で、微増に留まった。強姦、性的強要、特に重大な性的侵害の件数は2.4%増の1万2186件に増加した。
容疑者数は前年比7.3%増の224万6000人。そのうち92万3269人はドイツのパスポートを持っておらず、全体の約41%を占める。報告書によると、ドイツのパスポートを持たない容疑者(外国人)の増加はほぼ18%だった。犯罪検挙率は58.4%だった。移民・難民の増加は社会の治安を悪化させるといわれているが、犯罪統計はそれを裏付けている。
2023年、ドイツの犯罪の中で忘れることが出来ない事件は「ルイーゼ殺人事件」(児童による殺人事件)だろう。独ノルトライン=ヴェストファーレン州(NRW)の人口1万8000人の町フロイデンベルクで3月11日夜、12歳と13歳の児童(女子)がナイフで12歳の同級生ルイーゼを殺害した事件だ。警察もメディアも殺人が12歳と13歳の少女によって行われたことにショックを受けた。コブレンツのユルゲン・ズース警察副長官は記者会見で、「40年以上、犯罪取り締まりの仕事をしてきたが、今回の事件(児童による殺人事件)には言葉を失う」と述べたほどだ。事件後、刑事責任を問う年齢を現行の14歳から下げるべきだという意見が出た。英国では10歳、オランダは12歳、ポルトガルでは16歳といった具合で、刑事責任が問われる年齢は欧州でも違いがある。いずれにしても、犯罪は年々,若年層まで拡散してきている(「独国民が衝撃受けた2件の犯罪」2023年3月16日参考)。
暴力犯罪の増加について、2020年から3年余り続いたコロナ・パンデミック後の‘追い風効果’が良く指摘される。活動を制限されてきたパンデミックで溜まった不燃焼のエネルギーがパンデミックの終結後、暴発したというわけだ。報告書によると、パンデミック前の2019年と比較すると、2023年の犯罪総件数は9.3%増加している。
しかし、それだけではないだろう。ロシア軍のウクライナ侵攻(2022年2月)、それに伴うエネルギーコストの上昇、物価高などで国民経済は活気を失い、ドイツの国民経済はリセッション(景気後退)に陥った。そして10月7日にはパレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」のイスラエルへの奇襲テロ、ユダヤ人の虐殺事件が発生した。NRW州のヘルベルト・ロイル内相は「戦争や危機が国民の気分をさらに煽った」と指摘しているのは頷ける。戦場の破壊の嵐は戦争当事国だけではなく、周辺国にも様々な形で吹き荒れるものだ。英国の週刊誌エコノミストは昨年、ドイツの国民経済の現状を分析し、「ドイツは欧州の病人だ」と診断を下した。
ドイツ民間ニュース専門局ntvによると、ドイツの2023年度の言葉は「Krisenmodus」だった。直訳すると「危機モード」だ。ドイツを含む2023年の世界情勢を振り返るならば、納得できる選出だ(「ドイツの2023年の言葉『危機モード』」2023年12月26日参考)。
ちなみに、2024年2月12日に発表された「ミュンヘン安全保障指数2024」(Munich Security Index 2024)によると、ドイツ国民は「ロシアの脅威」より、移民問題を最大のリスクと受け取っている。移民問題と言えば、移民の増加による犯罪の増加、治安の悪化が関連してくる。外国人排斥、移民・難民反対を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢」が国民の支持を得るのはある意味で当然の流れともいえるわけだ。
ところで、犯罪を犯す人間には通常、明確な目的がある。その意味で犯罪は非常に人間的な業だ。名探偵は犯行の動機、目的を解明しようとするが、「犯罪を追跡する上で最も困難なのは、目的や動機がない犯罪だ」とシャーロック・ホームズの生みの親コナン・ドイルは述べている。当方は「今後、目的・動機なき犯罪(殺人事件)が増えてくるのではないか」と予感している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。