退職させてもらえない会社は違法なのか?退職代行を使う側と使われる側の話(桐生 由紀)

liza5450/iStock

最近、本人に代わり会社へ退職の申し出等を行う「退職代行サービス」が注目されています。突然、従業員から退職代行サービスを通じて退職の連絡をされ、対応が分からず慌ててしまう会社も増えています。

従業員の側も、退職の意思を伝えても「人手不足」「退職の申し出は3ヵ月前まで」など様々な理由で退職を拒まれ、辞めたいけど辞めさせてもらえない、そんな相談が増えています。こうした「退職」にまつわるトラブルが増えているいま、雇用の専門家である社労士の立場から、法律上の退職の条件、そして退職代行から連絡が来た場合の企業側の注意点について解説します。

働く人には「退職の自由」がある

退職の意思を伝えているにも関わらず辞めさせてもらえない時、「違法なのでは?」と考える人も少なくありません。

実は、労働基準法には退職に関する明確な定義は設けられていません。そのため、退職については労働基準法のほかに民法の定めも合わせて知る必要があります。

退職は法律ではどのように定められているのでしょうか。

法律では、会社を退職することは労働者の自由です。ただし、退職できる条件は雇用契約が有期契約か無期契約かによって異なります。

●無期雇用労働者の場合

いわゆる正社員などの契約期間の定めがない労働者の場合は、いつでも退職の意思を伝えることができます。退職の意思を伝えた日から2週間経過すれば雇用契約は終了します。

つまり、退職希望日の2週間前までに退職を申し出ることでいつでも退職できるということです。退職までの2週間は土日祝日もカウントします。営業日だけのカウントではないので注意が必要です。

退職の意思は口頭でも文書でもかまいません。退職届を提出するなど退職の申し出をすれば、法律上はいつでも辞めることができます。退職の理由はどのようなものでもかまいません。会社の承諾も不要です。

●有期契約労働者の場合

契約社員やアルバイトなど期間の定めのある雇用契約を結んでいる労働者の場合は、原則として契約期間が満了するまで退職できません。

ただし、「やむを得ない事由」がある場合は退職が認められるとされています。例えば、病気や引っ越し、家族の介護などのケースです。どういった場合が「やむを得ない事由」と判断されるかどうかは個別の事情によるため、自己判断しないように注意が必要です。

また、やむを得ない事由がなくても、雇用開始から1年経過していればいつでも退職を申し出ることができます。無期雇用の労働者と同様に会社に退職を申し出た2週間後に雇用契約が終了します。

このように、従業員は退職の意思を伝えてから2週間経過しなければ退職することはできませんので、会社は従業員が即日退職を求めてきても、原則として応じる必要はないのです。

ただし、例外として即日退職できる場合があります。入社に際して明示された労働条件が事実と異なっていた場合です。

例えば、労働時間、就業場所、業務内容、給与、雇用期間など労働条件が事前の明示と実際の間に違いがあった場合は即時退職することができます。

就業規則の「〇か月前申告」との関係

2週間前に退職の意思を伝えれば退職できると思い会社に退職の意思を伝えたら、「就業規則に1か月前に退職の申し出が必要と記載されている。2週間では退職できない」と言われ、「本当に1か月前に退職を申し出ないと退職できないの?」「2週間前の申し出は無効なの?」という疑問を持つ方もいるでしょう。

会社の就業規則の「〇ヵ月前申告」と、法律上の2週間前申告とどちらが優先されるのでしょうか。

就業規則と法律では法律のほうが優先されます。法律は就業規則よりも効力が強く優先されるため、就業規則に1か月前と定められていても2週間前に申告すれば退職することができます。

ただし、前述したとおり有期契約労働者の場合は、基本的には契約期間が満了するまでは退職できません。契約期間途中で退職する場合は「やむを得ない事由」が必要になりますので、注意が必要です。

法律が優先されるのなら就業規則に定めておく意味がないじゃないかと思う方も多いでしょう。就業規則は職場内のルールを定めたものです。そのルールを会社と労働者がお互いに守ることで労働者は安心して働くことができるのです。

就業規則では退職の予告は、1か月から3か月前と決められていることが多いです。それは業務の引継ぎや新しい人を採用するための期間を考慮して決められています。

会社に雇用されている以上は基本的には就業規則を守り、無用なトラブルを避けるためにもルールに従って退職の意思を伝えるのが常識的です。

ただし、1年前予告などといった常識を超えたルールには従う必要はありませんので、2週間前予告でもよいでしょう。

従業員が退職代行を使ったら?

従業員が自ら退職を申し出るのではなく、退職代行を使って連絡をしてきたという会社は意外と多いようです。従業員が退職代行を使って退職の連絡をしてきたら、現場の上司や人事の方はかなり驚くことでしょう。

退職代行から連絡があった場合、会社はどのように対応すれば良いのでしょうか。

ポイントは4つです。

  1. 退職代行の素性を確認する
  2. 従業員の本人が依頼したものか確認をする
  3. 従業員の雇用形態を確認する
  4. 退職届の提出を依頼する

まずは、退職代行の素性を確認しましょう。

退職代行には、弁護士事務所、退職代行ユニオン、民間の退職代行会社の3つがあります。

どの退職代行から連絡があったかによって対応が変わってきますので、まずはその素性を確認しましょう。退職代行が電話で連絡してきた場合は、会社名や氏名を聞き、改めて折り返し連絡しその身元を確認しましょう。

3つの違いは下記のとおりです。

  • 弁護士事務所の場合:退職意思の伝達、退職に関する交渉、訴訟対応すべて対応できる。
  • 退職代行ユニオンの場合:労働組合が運営するため、退職意思の伝達と退職に関する交渉ができる。ただし、訴訟対応はできない。
  • 民間の退職代行会社の場合:できるのは退職意思の伝達のみ。退職に関する交渉や訴訟対応はできない。

弁護士事務所や退職代行ユニオンの場合は、従業員に代わって退職の交渉を行う権利を持っていますので、交渉を拒否することはできません。従業員本人からの退職の意思表示と同様に受け止め、必要な退職手続きを進めましょう。

民間の退職代行会社の場合は、従業員の退職の意思を代わりに伝えることしかできませんので、民間の退職代行会社とは退職に関する交渉を行わないようにしましょう。民間の退職代行会社が交渉をしてきた場合は、従業員本人としか交渉しないことを伝え、交渉自体が違法行為であることを伝えましょう。

次に従業員の本人が依頼したものか確認しましょう。

退職代行業者に従業員の本人確認を行います。仮に本人からの依頼でなければ退職通知は無効です。誰かの嫌がらせなどで他人が依頼したものだと後々大きなトラブルになるため、本人確認は必ず行いましょう。

確認の方法としては、退職代行会社に委任状や身分証明の提示を求める方法などがあります。

本人確認が取れたら、従業員の雇用形態を確認しましょう。

前述したとおり、従業員には「退職の自由」があります。従業員が無期契約労働者だった場合は、会社は退職を拒否することはできません。退職の意思表示から2週間後に雇用契約が終了しますので必要な手続きを進めることになります。

反対に従業員が有期契約労働者だった場合は、通常は契約期間が満了するまでは退職できません。契約期間途中で退職せざるを得ない「やむを得ない事由」があるか否かの確認をしましょう。

最後に、退職届の提出を依頼しましょう。

退職手続きを進めるにあたって、退職届は必ず提出してもらいます。それと合わせて貸与品の返還手続きの案内を行います。

●有給休暇を消化したいと言われたら

退職にあたって有給休暇を消化したいと言われる事があります。従業員は有給休暇を取得する権利があるため、請求された場合は会社は有給休暇を消化させる必要があります。

ただし、有給休暇は請求されなければ取得させなくてもかまいません。その場合、残った有給休暇は退職によって消滅します。

有給休暇の消化希望を無視すると労働基準法違反となり、会社側がその非を責められることになるため、必ず有給休暇を消化させなくてはなりません。

従業員が退職代行を使ったということは、従業員は会社に対してすでに良い感情は持っていません。有給休暇の消化を拒んだり引き留めたりしても良い結果は生まれません。従業員側にも退職代行を使わざるを得なかった理由があると考えて退職手続きをすみやかに進めましょう。

退職願と退職届の違い

退職する場合に会社に提出する書類として「退職願」と「退職届」があります。退職を考えているものの、退職願と退職届の違いがわからないという方もいるでしょう。この2つは似ていますが、役割や意味がまったく異なります。

では、退職願と退職届にはどのような違いがあるのでしょうか。また、どのように使い分ければよいのでしょうか。

●退職願

退職願は従業員が退職の意思を会社に伝えるために提出する書類です。退職願は従業員側からの労働契約の解約の申し込みです。「会社を辞めさせてほしい」という意思表示です。
そのため、退職願を提出しただけでは退職が決定したとはいえず、会社がそれを承諾することで退職(労働契約の解約)が成立します。

会社側は従業員に残ってほしい場合はすぐに承諾せずよく話し合ってください。反対に引き留める必要がなければ承諾の意思を伝えてください。

「会社が承諾してくれなければ退職できないのではないか」と不安に思う人もいるでしょう。会社が退職願を承諾してくれなかった場合も退職できないことはありません。前述したとおり、退職願を出してから2週間を経過すれば会社側の承諾がなくても労働契約を解約することができます。

●退職届

退職届は、従業員側から退職を一方的に通告する書類です。「退職します」という意思表示をするものなので提出した時点で効力が生じ原則として取り消しもできません。

退職届を提出する際の注意点として、書面の題名が退職届と書かれていても、その内容が「退職いたしたくお願いします」というように「願い出る」内容になっていると、実態として退職願であると考えられてしまう場合があり注意が必要です。すぐ退職したい場合は「退職いたします」と明記しましょう。

また、退職日が書かれていないと「いつ退職するのか」が曖昧になってしまいます。退職日を明確にするためにも退職日は必ず記載しましょう。

退職願と退職届の使い分けは、状況によってケースバイケースです。2つの書面の違いを理解しトラブルのないよう退職手続きを進めるようにしましょう。

退職願・退職届を取り下げることはできる?

退職願や退職届を会社に提出したけれど「考え直して撤回したい」と考えた時、撤回できるのでしょうか。
また、会社は一度出された退職願や退職届の撤回を従業員が求めてきた場合、認めるべきなのでしょうか。

前述したとおり、退職願は従業員側からの労働契約の解約の申し込みですので、会社に承諾される前であれば取り下げることが可能です。

では、どのような場合に会社の承諾の意思表示があったとされるのでしょうか。

会社の承諾の意思表示については、退職願を受理した人に「退職の決裁権限」があるかどうかがポイントになります。退職の決裁権限がある人が退職願を受理し承諾した時点で「会社は退職願を受理した」と判断されます。

決裁権限がない上司や人事担当者が「受理する」と意思表示しても法的には会社は退職願を受理していないと判断される可能性があるので注意が必要です。

会社の承諾の意思表示がなされる前であれば退職願の取り下げは可能ですが、決裁権限を持つ人が承認した後では取り下げることは難しくなるでしょう。

退職届の場合は、従業員側から退職を一方的に通告する書類ですので、会社に提出した時点で効力が生じ基本的に取り下げることはできません。会社側も取り下げに応じる義務はありません。

退職届が受理された後は、会社側では新規採用や人事異動等の検討が進められます。従業員に「取り下げたい」と言われたとしても引き返すことが難しくなります。退職に迷いがある場合は、衝動的に退職届を出さず会社に相談してみることが大切です。

まとめ

日本では無期雇用の場合、退職の申し出後2週間で退職することができますが、多くの場合、引継ぎなどで1~2か月は時間が必要です。急な退職の告知は会社に大きな迷惑がかかります。やむを得ない事情がなければ就業規則にのっとって退職を申し出るようにしましょう。

会社側も改善点をヒアリングするなどして、次の退職者を出さないための取り組みにつなげていきましょう。

働く人には「退職の自由」があることを会社も従業員も正しく理解し円満退職を目指すように双方で配慮しましょう。

桐生 由紀 社会保険労務士
大学卒業後、大手財閥系企業の管理部門業務に従事。第1子出産を機に専業主婦になるが、配偶者の急死により二人の子供を抱えてシングルマザーになる。Authense法律事務所に再就職し、法律事務所と弁護士ドットコムの管理部門の構築を牽引する。その後、Authense社会保険労務士法人を設立し代表に就任。現在は、弁護士法人でHR部門を統括しつつ、社会保険労務士法人の代表として複数のクライアントを支援している。プライベートでは男子3人の母。
公式サイト https://www.authense.jp/authense-sr/
Twitter https://twitter.com/yukiyuki_kiryu
LinkedIn https://www.linkedin.com/in/yukikiryu
Note https://note.com/yuki_kiryu

【関連記事】

タバコ休憩は給料ドロボーなのか?(桐生由紀 社会保険労務士)
「出張中は残業代が出ない」は本当か? (桐生由紀  社会保険労務士)
イケアで問題になった「着替え時間」の給料は誰でも請求できるのか?(桐生由紀 社会保険労務士)
「ちゃん付け」上司はセクハラなのか? (桐生由紀 社会保険労務士)
有給休暇が取れない会社はブラック企業なのか?(桐生由紀 社会保険労務士)
外注なのに従業員? 社員とフリーランスのグレーな境目について。 (桐生由紀 社会保険労務士)


編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年7月5日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。