カタールの変貌

私は今、カタールのドーハから戻ってきたところだ。カタール財団がプレシジョン医療センターを発足するセレモニーに招かれて講演をしてきた。カタール財団のトップは前国王の妃、現国王の母に当たる妃殿下だ。29日のセッションでは妃殿下の横に着席したし、レセプションセレモニー後の食事では真横に座って話をさせていただいた。

20年前にもカタール財団に招かれてバイオバンクジャパンの説明をした記憶があるが、カタールは今や中東随一のゲノム研究国だ。

講演後に妃殿下を含む少人数の会議で30分ほど話をさせていただいたが、どこかの東洋の国のトップよりも、はるかにゲノムリテラシーが高い。妃殿下のリーダーシップのもとに、医学研究における中東の覇者を目指していて、それが、若い医師や研究者に伝わっている姿がまぶしかった。私が20年前に訪問した際に、財団の基金が1兆円と聞いたので、今はもっと多いのだろう。

カタールの首都・ドーハ
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いろいろな文献などで医学分野に力を入れているのを知ってはいたが、カタールの20年間の発展は想像を超えていた。空港にも街並みにも昔の面影が残っていないというレベルで発展している印象だ。高層ビルが立ち並び、研究所の施設も日本を上回るくらいの設備が設置されている。病院や研究室などを見学したが、まさに将来へ投資をしている様子が伝わってきた。日本では研究や医療が「消費・浪費」ととらえられがちだが、カタールの勢いは40ー50年前の日本のようだった。

2000年に「ゲノムが世界を支配する」という本を著したが、まさに生命科学分野ではゲノムなしに語られない状況となった。米英のみならず、中東の要人が高いゲノムリテラシーを示す中で、日本という国の「首相=科学音痴」は救いがたいものがある。妃殿下がカタールの振興を推進したと周りの人たちが言っていたが、2回にわたり話をしてみて、非常に聡明で、決断力のあるリーダーだと感じた。

そして、テスラ社が人工知能開発に1兆円以上を投資するという話が報道されていた。必要な投資額をシミュレーションした大胆な投資が必要だ。

500万円の車を製造するのに、100万円で頑張ってみて!という、日本の「とりあえず、パイロット的な研究を!」と言っているようでは、外国から取り残されて当然なのだが、カタールの発展を目にして、この失われた30年の理由が納得できた。投資というにはリスクを抱えるのが常だが、日本の場合にはリスクを取らない出し惜しみが失敗の積み重ねにつながっている。

責任を取りたくないのでリスクを取らない、そしてみんなが前向きな判断をしたときは時すでに遅し。ストライクとコールされ試合終了になってからバットを振り始める。日本の決断はそれくらい遅いのだ。

科学的リテラシーのある政治家が日本をけん引する役割補を担う日が来ないのか?次の総選挙が日本の将来を占う。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2024年5月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。