黒海の真珠・オデッサ市が危ない!

ウクライナの首都キーウからオーストリアの首都ウィーンまで直線距離は約1050キロしかない。ロシア軍が2022年2月、ウクライナに侵攻して以来、オーストリアにも数万人のウクライナ避難民、主に女性と子供が逃げてきた。

オデッサのシンボル、リシュリュー公爵の像をロシア軍の攻撃から守る市民たち(2022年3月当時) オデッサ当局の公式サイトから

ウクライナ避難民はオーストリアでドイツ語を学びながら、生活費を稼ぐためにさまざまな職業についてきた。ロシア軍の攻撃がウクライナ東部に限定されていた時、ウィーンに避難していた若い女性が「私は故郷に戻る」と決意し、出身地のオデッサに戻っていった。当時、オデッサやリヴィウはまだ戦争の影響は少なく、域内避難民も集まってきていた。ロシア軍のミサイルが飛んでくる恐れは少なかった。オデッサに戻ったウクライナ女性は「オデッサは大丈夫だ」という判断と、「故郷に置いてきた両親に再会したい」という思いが重なって、ウィーンからウクライナに戻っていったわけだ。戦争中だが、望郷の念が強いウクライナ人は少なくない。

そのオデッサが現在、ロシア軍によって激しい攻撃を受けている。

インスブルック大学政治学者のロシア専門家マンゴット教授は1日、ドイツ民間ニュース専門局ntvとのインタビューの中で、ロシア軍が先月29日、ウクライナ南部オデッサでクラスター弾を使用したと指摘、クラスター弾が落下した広い範囲で爆薬が散布された可能性があり、市民にとって危険な状況だと述べていた。

クラスター弾は「ストロイミュニション(Streumunition)」とも呼ばれ、爆撃機から投下されるか、ハウビッツ砲、砲兵砲、ロケットランチャーからのロケットとして発射される。高い爆発力と柔軟な使用方法により、さまざまな目標を攻撃することができる。クラスター弾の不発率は最大45%と非常に高いため、周辺の住民にとって極めて危険だ。そのため、クラスター爆弾は国際的に非人道的な兵器とされている。クラスター爆弾禁止条約(オスロ条約)は2010年8月1日に発効、2023年3月1日の段階で加盟国は111カ国だ。ただし、米国、ロシア、ウクライナはオスロ条約に加盟していない。

クラスター弾を使用しているのはロシア軍だけではない。バイデン米政府も昨年、ウクライナにクラスター弾を供与しているし、ウクライナ軍も使用している。バイデン政権は当時、「兵力不足をカバーし、守勢にあるウクライナ軍を支援するためにはクラスター弾の供与しかなかった」と説明している。

ちなみに、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は、「クラスター弾はロシア軍もウクライナ軍も使用してきた。違いはロシア軍は侵略のためにそれを利用し、ウクライナ軍は主権を守るために使ってきた点だ」と説明している。いずれにしても、クラスター弾でウクライナの土壌は既に汚染されている。

地元メディアの報道によると、オデッサ市の港で1日、ロケット弾の着弾により大規模な火災が発生した。報道の一つによると、運送会社ノワ・ポシュタの倉庫が被害を受けたという。これまでのところ、少なくとも13人が負傷している。ノワ・ポシュタは、同社の選別センターの1つに弾道ミサイルが着弾したと発表した。従業員に怪我はなかった。

オデッサ市がロシア軍の攻撃ターゲットとなってきた。オデッサはウクライナ第3番目の都市であり、戦争勃発前までの人口は100万人。同国最大の湾岸を有し、穀物の主要輸出港だ。また同国を代表する工業都市であると共に、リゾート地、文学都市としても知られている。「黒海の真珠」とも呼ばれてきた。

ちなみに、オデッサ市には、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)前は米ニューヨーク、ポーランドのワルシャワに次いで世界3番目に大きいユダヤ人コミュニティーがあった。同市だけで当時、40以上のシナゴーグがあったという(「オデッサのユダヤ人たちの『話』」2022年3月15日参考)。

ところで、米国務省は1日(現地時間)、ロシアがウクライナで化学兵器を使用したと非難した。それによると、ロシアは化学兵器禁止条約に違反してウクライナ戦争で刺激性ガスCSを使用したという。ロシアは軍事用化学兵器をもはや保有していないと宣言してきた。

ロシア軍は米国のウクライナへの軍事支援が届く前に、ウクライナへ大攻勢をかけてきている。米シンクタンクの戦争研究所(ISW)は、「ウクライナが米国の支援が前線に到着するのを待っている間、ロシアは今後数週間で明らかな戦術的利益を得るだろう」と分析している。ロシア国防省は先月28日、ドネツク地域の小さな町、ノヴォバフムティウカを占領したという。

戦争が長期化し、兵力の消耗が激しくなると、戦場にクラスター弾や化学兵器など非人道的な武器が投入されるケースが出てくる。2011年から始まったシリア内戦ではロシア軍はアレッポを兵器の実験場としてさまざまな武器を投入した。その結果、シリア第2の都市で世界最古の都市の一つだったアレッポは完全に破壊された。ロシア軍は今、黒海の真珠のオデッサを第2のマリウポリ市(ウクライナ南部)のように破壊するために攻勢をかけてきている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年5月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。