災害大国ニッポンの住み方を考える

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1. 居住の自由とは何か

憲法第22条で居住、移転・職業選択の自由が定められているが、昨今の状況を鑑みると、「居住の自由」が日本国民や行政双方にとって不幸な結果を招いているように感じる。

例えば、2014年8月豪雨による広島市の土砂災害では70名以上の方が命を落とした※1)。ここは、土地の性質を無視した大規模な宅地開発が行われた地域であった※2)。また、令和6年能登半島地震においてインフラ整備が不十分な過疎地域では、人命救助における生死の境目と言われる72時間以内の道路啓開が難しく、救援不可能なエリアが顕わとなった※3)

人口減少による空き家や空き地の増加が社会問題となる中、国土全体で考えれば土地に余裕がある状態といえる。しかし、多くの人が住みたいと思う場所は一部地域に集中しており、土地の需給バランスが崩れている。都市部のような「需要>供給」の地域も、過疎地域のような「需要<供給」の地域も特有のリスクがある。

本レポートでは、災害リスクの高い場所に住むことやヒトやモノが集中する場所から離れ、人が疎らな地域に住むことについて考えてみる。

2. 災害ハザードエリアから考える

近年、シミュレーション技術が向上し、洪水・内水や土砂災害、津波等のリスクを事前に把握できるようなった。激甚化災害の頻発や都市型災害の増加を受けて、自らの安全・安心な住み方について考え直す時期が来ているように感じる。

自分の住む場所の災害リスクが気になる方は、国土交通省が公開・提供するハザードマップポータルサイトで自分の住む場所の災害リスクを確認してみてはどうか。

令和2年度の都市計画法や都市再生特別措置法の改正により、災害ハザードエリアにおける開発抑制、移転の促進、立地適正化計画の強化が進められている。しかし、多摩川沿いのように居住誘導区域内に浸水想定区域を含む自治体も多い。

行政が定める居住誘導区域から崖崩れや地すべり等に関するレッドゾーンを除外できたとしても、浸水や土砂災害等に関するイエローゾーンを除外することは容易ではない。なぜなら、可住面積が小さく、平地の少ない日本では河川や海、斜面に囲まれた限られた土地に人口が密集してしまうからだ。まさに多摩川がそうである。

また、行政が制限を設けているレッドゾーンであっても、自己居住用の住宅建築は除外されており、居住の自由が認められている。さらに、都市再生法で、災害ハザードエリアの住居の移転を促進する制度を新たに設けているが、強制力がないのが現状である。

3. 能登半島地震から考える

先述べたように、能登半島地震では救援不可能エリアが明確となり、災害時における過疎地域の居住リスクを考えるきっかけになった。

東日本大震災時は、内陸部から沿岸部に繋がる道路を「くしの歯作戦」によって切り開くことで、早期に救助ルートが確保できた。東日本大震災では、道路機能自体の大幅な低下はみられず、がれきを撤去することで道路の啓開が可能となったからである。

一方、能登半島地震では斜面崩壊による道路寸断や陥没箇所が多く、道路機能自体が大幅に低下し、道路機能の復元に時間を要した。「くしの葉作戦」は道路啓開の成功事例とされているが、東日本大震災と能登半島地震では地形条件や被災状況が異なることから全ての地域に展開できる方法とはいえない。

となると、ハザードマップのように地域や土地の特性を考慮したシミュレーション技術を活用することで、災害時の輸送ルート等シナリオをある程度予測しておくことが重要となる。危機時を想定した輸送ルートや人流シミュレーションが可能なことから、行政はハザードマップと同様に、事前に72時間以内に救助が可能なエリア、不可能なエリアを「72マップ」として公表するのはどうか。

災害時の輸送は道路が基本となることから緊急輸送道路の被災規模や被災種類を条件分けし、防災拠点からのある地域までのルートを解析することで、地域毎の想定救助時間が可視化された「72マップ」ができる。

住民は「72マップ」で自身の住む土地の現実を知った上で、自らの意思で移転するか、住み続けるかを選択できるようにし、移転を選んだ住民に対しては、災害ハザードエリアにおける住居の移転と同様に行政が移転補償をするのはどうか。

行政住民の双方が災害時の被害を軽減することを目指して行動するという観点でみると、上記の取組みも事前復興の一部として考えられる。被災するということは、人命や財産などの物理的な損失だけではなく、心理的なストレスを受けることになる※4)。心の傷は長期間に渡り被災者を苦しめ、その後の人生を大きく変えてしまう。物は再び手に入れることができるが、失った命と傷ついた心は元通りにはならない。

行政は被災させない仕組みづくり、住民は自己責任の居住ということを今一度考え直し、双方が一体となって対策を講じることが重要である。

4. 解決策はインフラ整備の推進しかないのか?

最初に述べた災害ハザードエリア内の居住に関しては、法制度の改正やハード・ソフト一体となった防災対策の実施により個別具体的な対応が示されている。一番の問題はやはり根本にある「居住の自由」であると言えよう。

しかし、次に述べた災害時における過疎地域の居住リスクについては、まずはハード対策の強化から始めるべきとの意見が多く、住居の移転に関して述べることは忌避されている。

たしかに、過疎地域の多くは、①交通インフラが脆弱、②高齢者が多く、消防団等の共助コミュニティ機能の低下が課題となっており、能登半島地震においてもこれらが顕わとなった。

インフラ投資を活発化させ、道路の耐震補強の加速化や高規格幹線道路の整備を推進することで交通インフラの脆弱性は改善できる。さらに、交通インフラの脆弱性が解決すれば、共助可能な地域圏が広がり、コミュニティ機能の向上にも繋がる。

このように考えると、災害に強い過疎地域を実現するためにはやはりインフラ整備による地域の強靭化が望ましいという答えに辿り着いてしまう。

国土強靭化に関する財源が確保してあるとはいえ、全ての過疎地域でインフラ整備を推進することは現実的に難しい。

これまでは人間が住む場所を変えないことを前提としてきたが、人口減少を迎えた日本においてインフラ整備の推進だけではなく、人間の住み方自体を考え直す時期に達しているのかもしれない。

日本人の住み方や土地に対する考え方は歴史や文化の影響を大きく受けているため、容易に改めることは難しい。過去から現在、そして未来へという視点でこの問題を探究していきたい。

【参考】

※1)日本地質学会:2014年8月20日広島における土砂災害、特に地質要因,2014.9.2(参照日2024-03-10)
※2)釜井俊孝:都市計画の失敗例としての広島土砂災害,日本地質学会第126年学術大会,2019 (参照日2024-03-11)
※3)国土交通省:令和6年能登半島地震 緊急復旧(道路啓開)の状況(参照日2024-03-10)
※4)酒井朋子,渥美公秀:東日本大震災の被災者の心理的回復過程-震災後7年間の語りの変化-,実験社会心理学研究,Vol.59,No.2,pp.74-88,2020