変わる装備品調達と企業:「防衛力整備計画」の全容とは(原田 大靖)

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NSBT Japan チーフ・アナリスト 原田 大靖

1. はじめに

去る4月22日にスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)により発表された報告書によると、2023年の世界の軍事費は2兆4,430億ドル(約378兆円)と9年連続で増加し、1988年にSIPRIが統計を取り始めて以降、最大規模であったという※1)

地域別での軍事費の推移(1988~2023年)
出典:SIPRI

同報告書の中で、我が国については次のように言及がなされている:

日本は2023年に502億ドルを防衛費に充てたが、これは2022年より11%多く、2014年より31%多かった。2023年の前年比増加率は1972年以来最大となった。日本は第二次世界大戦以来で最大の軍備増強計画を進めており、2023年の予算はその初年度でもある。この計画の下、日本は航空機、艦船、長距離ミサイルに多額の投資を行い、反撃能力を強化することを目指している。2023年から2027年にかけては3,100億ドルを防衛費に充て、この間の年間平均防衛予算は620億ドルになる。

まさにSIPRIが指摘しているように、我が国は現在、「数十年にわたる自制から脱却し、第二次世界大戦以来最大の防衛費増強に着手」している※2)。では具体的に、今後5年で防衛装備品の調達はどのように変化するのか。安全保障産業や個別企業のレベルにはどういった変化が待ち受けているのであろうか。

本稿では「変わる装備品調達と企業」と題し、今後、我が国の安全保障産業にもたらされる変化を概観する中で、企業への影響、機会とリスクを実務レベルでの観点も含めて述べていく。第1回目となる今回は、今後5年間の装備品に係る経費規模を「防衛力整備計画」をつうじてみていく。

2. 我が国の安全保障政策の全体像

我が国の国家安全保障政策は、次の3本柱により成り立っている:

  • 法律:自衛隊法、防衛省設置法、重要影響事態法など
  • 政策:国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画のいわゆる「安保3文書」
  • 条約:国連憲章、日米同盟、ジュネーブ諸条約など

とりわけ、政策面における次の「安保3文書」こそが我が国の安全保障政策の中核にあるといえる:

  • 「国家安全保障戦略(NSS)」:安全保障に関する最上位の政策書
  • 「国家防衛戦略」:今後10年間の防衛目標を達成するための政策書
  • 「防衛力整備計画」:今後5年間の経費総額、主要装備の数量を明示した政策書

このうち、去る2022年12月に策定された「防衛力整備計画」では、令和5年度から令和9年度の5年間で防衛力整備に係る金額が歳出ベースで43兆円、契約ベースで43兆5,000億円とされており、これは従来の防衛費との比較においてほぼ倍増である。

3. 「歳出ベース」と「契約ベース」のちがい

ここで、敢えて金額を「歳出ベース」と「契約ベース」というように明確に区別しているが、これは防衛に関する予算はやや特殊な構造となっており、とくに防衛装備品を受注する企業にとってはこの2つを区別することが重要となるためである。

2022年12月に策定された「防衛力整備計画」の経費構造から、これら2つの違いを説明すると次のとおりである※3)

整備計画の経費構造
出典:防衛省

  • 歳出ベースとは、装備品の取得や施設整備等の事業について、当該年度に支払われる額の合計である。上図でいうと、赤い縦の枠組みを指しており、人件・糧食費11兆円、期間内歳出(一般物件費)27兆円、既定分(以前の契約に基づき、支払われる経費)5兆円の合計で43兆円となる。会計年度独立を原則とする政府の歳出予算全体に防衛関係費が占める割合等を把握する上で有益である
  • 契約ベースとは、装備品の取得や施設整備等について、当該年度に結ぶ契約額の合計である。上図でいうと、横の緑の枠組みを指しており、期間内歳出(一般物件費)27兆円、期間外歳出(新規後年度負担額)16.5兆円の合計で43.5兆円となる。防衛力整備に関する各年度の事業について、各事業単位で経費の総額等を把握する上で有益である

たとえば、潜水艦の建造には、資材の発注・調達からドックでの本体建造、進水、武器の取りつけなどを経て、竣工まで約5年を要するとされているが、契約ベースではこの場合、企業からすると5年後に契約金が支払われる、ということとなるので、注意が必要である。

潜水艦「しょうりゅう」の引渡式のようす
出典:海上自衛隊

さらにこれらの内訳を細かくみていくと、次のとおりである:

  • 人件・糧食費:隊員の給与、退職金、営内での食事等に係る経費。11兆円を5年間で平均すると、各年度で約2.2兆円となる
  • 物件費(事業費):装備品の修理・整備、油の購入、隊員の教育訓練、装備品の調達などのための経費。歳出化経費(前年度以前の契約に基づき今年度に支払われる経費)と一般物件費(今年度の契約に基づき今年度に支払われる経費)からなる

企業としては、このうち、一般物件費27兆円が直接関係してくることとなる。さらに、新規事業に係る物件費の規模を従来の予算と比較すると、契約ベースでは、従来、17兆1700億円程度であった金額が、防衛力整備計画では43兆5000億円と、2.5倍に倍増している。令和5年~9年間の5年間で43兆5000億円の規模なので、今後5年間で毎年8兆4000億の新規契約が見通せるということを意味する。

では、この43兆円の予算は、一体どういう内訳により配分されることとなるのか。次回は、「国家防衛戦略」が掲げる7つの重視する能力を概観する中で、防衛予算とマーケット(市場)とのつながりを展望したい。

原田 大靖
NBST Japan チーフ・アナリスト。国際情勢、安全保障とビジネスとのリンケージを中心として調査・研究に従事。東京理科大学大学院総合科学技術経営研究科(知的財産戦略専攻)修了。外交・国際問題に関するシンクタンクや教職を経て現職。

※1)Trends in World Military Expenditure, 2023
※2)外務省 岸田総理大臣対面インタビュー(2023年1月11日付、ワシントン・ポスト紙(米国))
※3)長期契約法と後年度負担 ―防衛装備品の調達と防衛関係費をめぐる国会論議―