中国の経済発展はなぜ停滞しているのか:繰り返す中国の近代化の失敗(藤谷 昌敏)

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政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏

中華人民共和国(以下、中国)は、製造業を中心とした労働集約型産業において比較優位を獲得し、「世界の工場」として大きな成長を遂げてきた。その成長速度はすさまじく、2011年には国内総生産(GDP)で日本を抜いて世界第2位の経済大国となった。

2020年のGDP14.86兆ドル、購買力平価(PPP)23兆97億800万ドルとなったが、その経済発展の理由はいったい何だったのだろうか。鄧小平の改革開放路線への転換(1978年)、世界貿易機関(WTO)加盟(2001年)、北京オリンピック(2008年)、世界銀行の強い支援など、様々な理由があっただろう。

特に米国の関与政策が中国の発展に大きな影響を及ぼしたことは言うまでもない。因みに、関与政策(engagement)とは、それほど敵対的ではない国家に対して、こちらの思想、政策を理解させ段階的に同調させていく外交政策のことである。中国は、この米国の関与政策を利用して、米国に接近して経済界に食い込んだだけではなく、世界銀行にも多くの支援者をつくるのに成功した。

また、日本も中国に対して、1979年以降、2021年度末まで、累積で有償資金協力(円借款)約3兆3,165億円、無償資金協力約1,576億円、技術協力約1,858億円の巨額の政府開発援助(ODA、2020年時点)を行った。

日本は、中国沿海部のインフラのボトルネック解消、環境対策、保健・医療などの基礎生活分野の改善、人材育成等の分野で長年ODAを実施してきた。要するに米国と日本が中国という「ゴジラ」の卵を孵化して、大きく育てたのだ。

清の洋務運動はなぜ失敗したのか

確かに中国は明の時代までは科学技術分野で世界をリードしていた。世界の4大発明と言われる製紙、印刷、羅針盤、火薬はいずれも中国を原初とする発明だ。これらの発見や発明はアジアやヨーロッパの経済発展に寄与したが、14世紀の元から明への移行期になると中国の経済活動は衰退を始め、文学、芸術、行政学では大きな発展が見られたものの、科学技術は大きく後退した。

その後清代になると、2度にわたる対外戦争に敗れた清朝の支配層の内部に西洋の工業技術を導入して洋式の軍備を整え、軍事工場の設置をはじめとする工業化を推進するとともに、欧米への留学生派遣、外国語学校の設立などの事業を進める動きが顕著となった。いわゆる洋務運動の始まりである。

この洋務運動を推進したのは、伝統思想を拠り所とした旧態依然たる官僚たちに過ぎず、中国の全般的な近代化を目指すものではなかった。洋務運動の中国近代化への限界は、まさにこの点にあったのである。この限界を乗り越えることは、王朝支配に体現されている中国の伝統と中華帝国の誇りを自ら否定することにほかならなかった。

清は、洋務運動をはじめ様々な改革を行ったものの、どれも効果的なものではなく1912年に崩壊してしまう。

中国の帝政という伝統を否定できない中国共産党

中国共産党は、共産党と名乗っているが、経済の実態は共産主義ではないし、その前段階とされる社会主義でもない。中国の「特色ある社会主義」の本質は、国家資本主義、もしくは権威主義的重商主義と言えるものだ。現在の中国共産党は、中国大陸を支配してきた歴代の国家と何ら変わらない伝統的で帝国主義的な支配体制を構築しようとしている。

中国共産党の施策を簡単に整理してみる。

① 一党支配
中国の共産主義は、中国共産党が唯一の政党であり、政治権力を握っているのは中国共産党しかない。共産党に代わる他の政党や政治的な競争は認められておらず、党の指導が絶対的だ。

② 経済体制
国有企業や計画経済が重要な位置を占め、市場経済の要素も取り入れられており、党の指導の下で経済活動が調整されている。民間会社の自由な権限は認められず、社内には共産党の下部組織が結成され、共産党の指導下にある。

③ 指導者の役割
中国の共産主義は、党の指導者による集中的な指導を特徴としている。指導者は政策や方針を決定し、党と国の方向を指揮する。その指揮はまったく誤りがないとされる(無謬性)。現在の習近平氏は、党の禁を破り異例の3選目に入り、独裁体制を固めている。

④ 共産主義イデオロギー
中国の共産主義は、マルクス・レーニン主義の原則に基づいて、社会的な平等や労働者階級の解放を追求していたはずだったが、経済発展や国際的な影響力の拡大に伴い、平等や労働者階級の解放は達成されず、かえって経済格差は拡大している。権力者の腐敗は後を絶たず、逮捕されたと見られる軍高官の失踪が相次いでいる。

清と同じ道を歩く中国

最近、中国の経済成長率はこれまでに比べて低下しており、持続的な成長を維持することが困難となっている。これは従来の成長モデルが限界に達したことや、生産設備の稼働率の低下、抱える債務の増加などが影響している。

中でも不動産市場は危機的な状況になっている。中古住宅価格の推移を見ると、2021年7月をピークに2023年12月には約1割下落した。チャイナショックに見舞われた2014年後半から2015年前半にかけても5%ほど下落したが、今回はそれを大幅に超える下落幅となった。そして不動産デベロッパーの多くが経営不安に直面している。ほかにも若者の失業率上昇や外国からの投資の減少、輸出低迷など様々な問題を抱えている。

それにも拘わらず、中国では、効果的な対策がなされておらず、門外漢である情報機関の国家安全省が経済問題に口を出してくるなど、通常の国ではあり得ないことが起きている。

歴史学者の一部は、清の崩壊の原因は、「長期的な不平等の拡大と機会減少による影響を政府が認識できなかった」からだとし、「社会的圧力を軽減するための長期的なビジョンと的を絞った戦略がなければ、多くの地域が清王朝と同じ道をたどる危険にさらされる」と論じている。

現代の中国も清と同じ道を歩いているのではないかと危惧しているのは筆者だけだろうか。

【参考】
・池田誠他「図説中国近現代史(第3版)」法律文化社、1988年
・外務省ホームページ

藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年5月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。