中欧のスロバキア中部ハンドロバで15日午後(現地時間)、政治集会を終えて退出し、会場前に集まった市民と交流しようとしたロベルト・フィツォ首相(59)が男性から5発の銃弾を受け、一発は腹部に命中し、重体となって近くの病院にヘリコプターで搬送され、緊急手術を受けた。
スロバキア政府関係者の話によると、首相は意識があり、生命の危険はないという。「欧州の首相が政治活動中に銃撃された」というニュースが報じられると、欧州の政治家に大きな衝撃が起きている。
欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長はXで「卑劣な行為で許されない」と批判、国内で政治家が殴打を受けるといった事件が発生しているドイツのショルツ首相は「政治の世界に暴力が関与してはならない」と強調。イタリアのメロー二首相は「民主主義と自由への攻撃だ」と語っている。
現地のメディアによると、犯人は71歳の男性で詩人としてスロバキア文芸協会にも所属していたという。同国のエストーク内相によると、「犯行は政治的動機に基づいた暗殺未遂事件」という。犯人が所持していた銃は正式に購入したものだった。男の息子はメディア関係者に「父は合法的に銃を購入した。前回の総選挙ではフィツォ氏の政党を支持していなかった」と述べている。
昨年9月30日に実施されたスロバキア議会の繰り上げ選挙で、フィツォ氏が率いる野党「社会民主党(スメル)」が第1党になりカムバックした。その結果、中道左派「方向党-社会民主主義(Smer-SD)」を中心とする、中道左派「声-社会民主主義(Hlas-SD)」および民族主義政党SNSから成るフィツォ連立政権が昨年10月に発足したばかりだ。
フィツォ氏の政治キャリアは長い。同氏は2006年から2010年、そして2012年から2018年まで首相を務めた。2018年にジャーナリストのヤン・クシアク氏とその婚約者が殺害された事件を受けて、イタリアのマフィアとフィツォ首相の与党の関係が疑われ、ブラチスラバの中央政界を直撃。国民は事件の全容解明を要求、各地でデモ集会を行った。フィツォ首相(当時)は2018年3月15日、辞任を余儀なくされた(「スロバキア政界とマフィアの癒着」2018年3月17日参考)。
その後のスロバキアの政情は腐敗とカオス状況が続いた。フィツォ首相の後継者に同じ社会民主党系スメルからペレグリニ副首相が政権を担当、スメル主導の連立政権を継続した。ただし、2020年2月に総選挙が行われ、マトヴィチ党首率いる「普通の人々」、「我々は家族」、「自由と連帯」、「人々のために」の4党でマトヴィチ氏を首相とする新政権が発足したが、連立内の対立でマトヴィチ首相は辞任。ヘゲル新政権が発足したものの、少数派政権となった2022年12月、内閣不信任案が可決され、総辞職に追い込まれ、昨年9月の繰り上げ総選挙実施となったわけだ。
EUの本部ブリュッセルでは、スロバキアがハンガリーのオルバン首相の親ロシア政策に倣い、スロバキア・ファーストを推進、フィツォ首相は欧州の統合を阻む第2のオルバンになると懸念されている。フィツォ首相は昨年10月、ウクライナへの軍事支援をやめるという公約を掲げて4度目の政権復帰、その後、オルバン政権に倣って国営放送(RTVS)の解散など司法・メディア改革に乗り出している。それに対し、多くの国民が抗議デモを行っている。
スロバキア政界の消息筋によると、スロバキアの政界は与野党間で激しい論争が絶えず、議会内は憎悪の声が飛び交っているという。フィツォ首相は数日前、リベラル派野党が政府に対する「敵意の風潮」を生み出していると非難し、「このような状況では暴力行為が起こる可能性は排除されない」と警告を発していた。
2024年は「スーパー選挙の年」と呼ばれ、世界各地で選挙が実施されている。欧州では6月に入ると欧州議会選挙が行われる。それだけに、政治家は集会や会合に忙しい。政府や政党関係者への警備の強化が求められている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年5月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方ウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。