政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏
日経新聞によると、ロシア連邦統計局が5月17日に発表した2024年1~3月期の国内総生産(GDP、速報値)は前年同期と比べ5.4%増えた。ロシアはウクライナ侵略の長期化で戦時経済体制への移行が進み、軍需関連が全体を押し上げたとみられ、小売りなど内需も拡大した。GDPは4四半期連続のプラスで、前の四半期の23年10~12月期(4.9%増)と比べても伸び率が大きかった。
プーチン大統領は2月に「軍需産業はこの1年半ほど良い結果が出ている。戦車の生産は5倍になった」と述べた。
欧州ビジネス協議会(AEB)によると、ロシアの1~3月の新車販売台数は前年同期と比べて86%増え、中国製の自動車部品を使ったロシア国内の工場での組み立てが広がっている。非製造業では個人消費が伸び、小売りは10.5%増となり、建設も3.5%増えた。前年同期(10%増)に比べると鈍化傾向にあるが、住宅などの需要が堅調に推移している。
ロシアのGDPは24年通年では3%以上のプラス成長が続く見通しだ。国際通貨基金(IMF)は4月に公表した経済見通しで、ロシアの24年成長率を3.2%に上方修正した。
西側諸国による対ロ制裁は、主要工業品の輸出停止や石油などの輸入制限、金融制裁などかつてなく大規模なものだ。そもそも制裁の応酬になれば、西側諸国に対する貿易依存度が高いロシアに分が悪いとみられてきた。しかし、記事にあるように未だにロシア経済は好調であり、経済制裁の打撃はそれほど顕著に表面化していない。これはいったいなぜなのだろうか。
ロシアに対する経済制裁
経済制裁は、国際的な政治目的で、特定の国や地域に対して経済的な制限を課す手段だ。一般には国際法違反国又は国際的に望ましくない行動をした国に対して、他の国家によってなされる不利益を与える措置のことをいう。外交的な問題や国際的な紛争を解決するために使用される手段の1つだ。
具体的には、経済制裁は次の通り分類される。
① 貿易制限
特定の商品やサービスの輸出入を制限することで、対象国の経済に影響を与える。例えば、武器や高度な技術を含む輸出を制限することがある。ロシアに対する経済制裁は、「全面的な輸出入禁止でなく部分的な輸出入禁止にとどまっている」、「ロシアに対する最恵国待遇の撤回が決定されている」、「制裁を行う国の経済を過度に悪化させる必要はなく、各国の政策に従って決定すれば良い」ことになっている。
② 金融制裁
対象国の金融機関へのアクセスを制限することで、資金の流れを制御する。これには、銀行口座の凍結や国際送金の制限が含まれる。ロシアに対する金融制裁は、主要な国際決済ネットワークであるSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアの金融機関を除外した。SWIFTはベルギーの協同組合であり、ベルギー法とEU法に従って行動する。その結果、ロシア側には国際資金決済に大きな不便が生じているものの、FAXによる資金決済や中国のCIPS(人民元国際決済システム)を利用しての人民元による資金決済は可能である。
③ 資産凍結
対象国の指導者や企業の資産を凍結することで、経済的な圧力をかける。これにより、対象国の経済活動に影響を与えることができる。
ロシアの場合、プーチン大統領をはじめとする政府高官、オリガルヒ(新興財閥)、ロシア軍閥関係者及び政府系企業等に資産凍結が行われている。
また、ロシア中央銀行が外貨準備金としてG7諸国等の中央銀行に預託していた巨額の資金が凍結された。本来、外国中央銀行の資産を凍結することは、国及びその財産の裁判権からの免除に関する国際連合条約においても、慣習国際法上も認められない。ただし、重大な国際法違反に対する対抗措置としての資産凍結であれば、その違法性は阻却され正当化される。
おわりに
経済制裁の主な目的は、継続している国際法違反を停止させることであり、国際的な協議や合意に基づいて実施されることが多く、対象国の行動を変えるための圧力として利用される。そのため、効果が期待通りに現れない場合もある。ただし、経済制裁には、別の潜在的国際法違反国による野心的行動を抑制させる効果もあり、一概に「経済制裁は無意味だ」とするのは一面的な見方でしかない。
これまでの経済制裁の例を見ても、水面下においての密貿易などを完全に取り締まることは難しい。ロシアの場合は、北朝鮮からの武器輸入や中国経由で西側の先端技術関連部品の迂回輸入が行われていることが明らかであり、軍事・経済ともに制裁の影響は限定的だ。
さらに石油や天然ガスなどのエネルギー取引が継続されていることが、制裁の効果を弱めている。ロシアはこれらの資源を中国、インド、トルコなどに安定して輸出しており、その収入源が制裁によって大きく減少していない。
ロシアは、ウクライナ侵攻以前からエネルギーや農業の輸出競争力を持ち、豊富な金を産出し保有している。そのため、戦時経済体制への積極的なシフトにより、軍需産業が活発化し、経済は成長している。今後、ロシア国内の政変、国際的な圧力の強化、ウクライナ戦争における戦局の大きな変化などが起こらない限り、ロシアの経済及び軍事力が大きく後退することはなく、今後もウクライナ戦争が長期化することは避けられないと考えるべきだ。
【参考】
・「ロシア戦時体制、GDP押し上げ、1~3月5.4%増 長期化で軍需関連頼み」日経新聞2024年5月19日朝刊
・中谷和弘「ロシアのウクライナ侵攻-国際法の観点から、ロシアに対する経済制裁」有斐閣、Jurist, September 2022, Number 1575.
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藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年5月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。