NSBT Japan チーフ・アナリスト 原田 大靖
前回は「『防衛力整備計画』の全容」ということで、「5年で43兆円」という防衛費のインパクトがいかに大きいものなのか、ということを概観した。
では、具体的にどういった分野で新規契約の増加が見込まれるのであろうか。この点、防衛省はとくに重視する分野として以下の7項目を挙げている※1):
● スタンド・オフ防衛能力:予算の伸びが一番大きいのが、このスタンド・オフ防衛能力である。従来の0.2兆円から5兆円と25倍も増加している。これまでは他国を攻撃する能力をもつ装備品は政策上、整備できないとされ、研究開発も進んでこなかった。しかし、「安保3文書」の改定により「反撃能力を保有する」こととなったため、防衛力整備計画では、脅威圏外から対処するスタンド・オフ防衛能力の強化が掲げられた。具体的には、長射程のスタンド・オフ・ミサイルの開発の他、その開発・量産化までの期間の穴を埋めるためのものとして、外国製巡航ミサイル(トマホーク)の導入も盛り込まれている
● 無人装備(無人アセット)防衛能力:次に伸びが大きいのが、0.1兆円から1兆円と10倍に増加している無人装備である。上表のとおり、情報収集機能に加えて、火力及び電磁波による攻撃機能を効果的に保持した多用途UAV、侵攻部隊等の情報を収集し即時に火力発揮可能な攻撃用UAVなど、様々なタイプの無人機(UAV)の開発・整備が進められる
● 機動展開能力・国民保護:3番目に大きいのが機動展開能力の向上であり、これにより、輸送機、輸送船舶などの取得が推進される。実際、自衛隊の現場では、陸自は陸上装備、海自は海上装備のみといった括りではなく、今では陸自でも輸送船を保有し、緊急時には離島から避難民を本土に輸送するなど、幅広い領域で任務を遂行しなければならない
● 持続性・強靭性:これまでは予算がなく部品交換ができていなかった、今後は部品の修理・交換をして、可動率を向上させるとともに、備蓄弾も増やしていくこととなる。さらに、老朽化した基地・駐屯地におけるインフラの強靭化も盛り込まれている
以上のように、防衛費はこれまで桁が何百億、何千億という「億」の単位であったが、新たな防衛力整備計画ではこれが「兆」に変わっていることがわかる。これら7分野のそれぞれ目的別にまとめると次のように考えることができる:
もっとも、これでも具体的なイメージはわからないので、その事業規模を具体的に装備品ごとにみてみる。まず「新規装備品」ということでは、たとえば、以下のとおりである:
● 新哨戒ヘリSH-60L:海上自衛隊は哨戒ヘリコプターSH-60Kの能力向上型として、三菱重工業が開発したSH-60Lを選定。令和6年度予算案において、6機665億円が計上されている。
● 装輪装甲車(AMV):96式装輪装甲車の後継として陸上自衛隊はフィンランドのパトリア(Patria)社が設計した「パトリアAMV」を採用、日本製鋼所がライセンス生産することとなるところ、28両200億円の予算が計上されている
● イージス・システム搭載艦の建造:地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備断念を受けて、代替艦を2隻新造するにあたり、1番艦は三菱重工業と、2番艦はジャパンマリンユナイテッド(JMU)とそれぞれ契約した。令和6年度から9年度にかけて製造され、予算額は2隻で3,731億円となっている
次に、「スタンド・オフ防衛能力」という側面から整備計画をみてみる。今後、「スタンド・オフ」(敵の対空ミサイルの射程外、つまりレーダーでみえないところから長射程のミサイルを撃って攻撃する)という能力を開発・強化していくこととなるが、そもそもこれまでこの研究開発が進んでこなかったということから、少なくとも国産スタンド・オフ・ミサイルの開発までには「おおむね10年」はかかるとしており、それから量産するとなると、かなり先の長い話である。
しかし、現下の安全保障環境では、そのような悠長なことを言ってはいられないため、その穴を埋めるために、外国製巡航ミサイル(トマホーク)の導入が以下のとおり進められている:
● F-35Aに搭載するスタンド・オフ・ミサイルであるJSM(Joint Strike Missile:ノルウェー、コングスベルグ・ディフェンス&エアロスペース社製)
● F-15能力向上機に搭載するスタンド・オフ・ミサイルであるJASSM(Joint Air-to-Surface Standoff Missile:米ロッキード・マーティン社製)
現在では、ミサイルもコンピュータで戦闘機の高度、スピードも計算した上で発射するというシステムとなっており、コックピットのコンピュータシステムと連携していなければならない。そのため、トマホーク・ミサイルであれば何でもいいというわけにはいかず、基本的にF-15にはJASSMしか搭載できないのだ。また、国産であるF-2戦闘機には国産のスタンド・オフ・ミサイルを開発しなければならない。
次に、「弾薬の整備」ということでは、約9,249億円が計上されている。これにより、本格的に弾の備蓄ができるようになると思われる。ウクライナ戦争でも弾薬の備蓄量・使用量が優位性を規定する、とされているように、いくら前述のような最新兵器を導入しても、弾薬という「兵站能力」が依然として重要であることに変わりはない。そうした中で、我が国でも火薬メーカーは製造ペースのアップを迫られている。
最後に、「装備品の維持整備に係る経費(修理役務費および部品費)」として、従来は7,000~8,000億円の計上であったものの、令和5年度からは2兆3,367億円と倍増していることがわかる。
装備品は古くなると、部品の交換のために維持費がかかるが、これまでは、部品費も足りなく、交換もできていなかったため、装備品の稼働率が大幅に低下していた。全装備品のうち足元で稼働するのは5割あまりとの報道もあった※2)。しかし、今回の維持整備に係る経費の倍増を受け、部品メーカー、さらに修理メーカーも需要増に迫られることとなろう。
以上のように、最新鋭の護衛艦の導入や稼働率の向上により、我が国の安全保障ビジネスはまさにトランスフォーメーションとも言える変化に直面している。
では、我が国の安全保障産業は、こうした装備品調達のトランスフォーメーションに対応することが果たしてできるのであろうか。次回は「防衛生産基盤強化法」に基づく財政支援制度についてみていくことで、この疑問に答えていくこととしたい。
※1)防衛力整備計画について(2022年12月 防衛省)
※2)防衛装備品、5割が稼働できず 弾薬など脆弱な継戦能力(2022年9月5日 日本経済新聞)
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原田 大靖
NBST Japan チーフ・アナリスト。国際情勢、安全保障とビジネスとのリンケージを中心として調査・研究に従事。東京理科大学大学院総合科学技術経営研究科(知的財産戦略専攻)修了。外交・国際問題に関するシンクタンクや教職を経て現職。