インド太平洋戦略におけるパワーバランスの重要性:日本の役割とは(藤谷 昌敏)

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政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏

カート・M・キャンベル(Kurt M. Campbell、前米国国務副長官)とラッシュ・ドーシ(Rush Dosh、ブルッキングス研究所中国戦略イニシアティブ・ディレクター)は、「インド太平洋戦略は、勢力均衡を維持し、地域国家が正統性があると認める秩序を構築し、一方で、この2つを脅かす中国に対処するために同盟国とパートナーの連帯を纏めなければならない。このようなアプローチをとれば、インド太平洋の未来が覇権や19世紀の勢力圏ではなく、『パワーバランスと21世紀型の開放性』によって特徴付けられるにようにできるだろう」と述べた。

ここで言う「パワーバランス」とは、国際的な力の均衡を指す。国々は、軍事力、経済力、技術力、文化的影響力など、様々な要素を持っている。これらの要素がどの国にどれだけ偏っているかによって、国際的なパワーバランスが形成される。歴史的には、大国同士の力の均衡が国際的な平和と安定に寄与してきた。

また、「21世紀型の開放性」とは、グローバルな相互依存と協力の時代を指す。国際社会はますます複雑に結びついており、国境を越えて情報、貿易、文化、技術の流れが交錯している。ここでの開放性は、国際的な問題の解決に向けて共同のアプローチを求める必要性を浮き彫りにしている。

さらに、ジョセフS.ナイ(Joseph Samuel Nye Jr、国際政治学者)は、「ハード・パワー(軍事力や経済力)とソフト・パワー(説得力や魅力)を組み合わせたアプローチを『スマート・パワー』と称し、21世紀において極めて重要である」と述べている。米国などの国々は、スマート・パワー戦略を通じて、効果的な外交政策を展開している。

スマート・パワーの戦略的な要素には、「具体的な目標を明確にし、資源を最適に活用する」、「ハード・パワーとソフト・パワーの両方を考慮して、資源を適切に配置する」、「相手国の力や文化的背景を理解し、適切なアプローチを選択する」などがある。このようなアプローチは、国際的な問題に対する適切な対応を可能にし、21世紀の国際政治において重要な役割を果たしている。

インド太平洋地域の勢力バランスの不均衡

インド太平洋地域における基本的な構造として最も重要なのが、米国と中国との間の地政学的及び地経学的な対立だ。

米国は、リベラルな民主主義諸国との間で「ファイブ・アイズ」(イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)という同盟を結んでいる。これにはインテリジェンス協力や防衛協力も含まれている。一方で、中国は経済的、軍事的な影響力を増大させており、両国の対立は地域のバランスに大きな影響を及ぼしている。

経済面で言えば、中国は多くの国と貿易パートナーの関係にあり、その経済的影響力は増大している。そして中国の経済成長は、インド太平洋地域における力学を変えており、反面、中国経済の停滞は、地域全体にマイナスの影響を及ぼす可能性がある。

軍事面では、中国政府は本年度の予算案の中で、国防費が去年よりも7.2%増えて1兆6,655億人民元、日本円で34兆8,000億円余りと大幅に増強された。中国の国防費は、アメリカに次いで世界第2位の規模となり、毎年、右肩上がりに増加している。

中国は2030年までに少なくとも1,000発の核弾頭を保有する計画を持っており、西側諸国の軍事的優位を脅かす主要因となっている。また音速の5倍以上の速さで飛行し、対空防衛を無効化する可能性がある極超音速ミサイルの開発も積極的に進めている。

そして、ひと際目立つのが海軍力の目覚ましい増強だ。中国の海軍は、航空母艦3隻、弾道ミサイル原子力潜水艦7隻などを中核に130隻以上の水上戦闘艦を含む約350隻の艦艇を保有しており、世界最大の海軍と言われている。今後、中国はさらなる増強を計画しており、原子力空母などの新造を計画している。中国の軍事力拡大は、世界の軍事バランスに大きな変化をもたらしており、国際的な懸念を引き起こしている。

バイデン政権のアプローチ

バイデン政権は、アジア政策において同盟国との関係を強化し、「自由で開かれた、包摂的なインド太平洋」を目指すとして、日米豪印協議(QUAD)などの協力を推進しようとしている。

欧州諸国がロシアの脅威に対抗して、北大西洋条約機構(NATO)の結束と強化を進めている中、インド太平洋地域は、21世紀におけるグローバル競争の中心舞台となっており、米中日豪など各国が軍事力を拡大し、安全保障をめぐる情勢はますます不透明感を増している。

各国政府は、軍事力のみならず、経済力、技術力などの国家競争力の向上を重視しており、特に経済安全保障面における医薬品や医療機器などのサプライチェーンの強靭化と複線化が奨励されている。

総じて、インド太平洋地域における勢力バランスの不均衡は、地域の平和と安定に影響を及ぼす重要な問題であり、国際社会が注目すべき課題と言えるだろう。

日本はどう対応していくべきか

日本は、日米を核としてインド太平洋の同盟国や同志国、有志国と連帯を強めることで、グローバルな相互依存と協力の時代を実現しなければならない。そして、中国との様々な問題の解決に向けて各国と共同して対処していくべきだ。

また、中国の経済力、軍事力に対抗するだけでなく、相手国の力や文化的背景を理解し、適切なアプローチを選択することが、インド太平洋における平和と安定に大きく寄与することになるだろう。

【参考】
・カート・M・キャンベル、ラッシュ・ドーシ「アジア秩序をいかに支えるか」FOREIGN AFFAIRS REPORT、2021、No2、pp.6~13。
・ジョセフS.ナイ『スマート・パワー: 21世紀を支配する新しい力』日本経済新聞出版社、2011年。

藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年6月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。