景気の良し悪しは感性的な話が多いと思います。お金を使う時、特に普段、恒常的に決まったものに出費をし続ける主婦や週末の家族の食事の際に「高くなったなぁ」という実感が伴います。大根やキャベツが高くなると「物価高でやりくりできない」という悲鳴が聞こえてきますが、野菜の場合、産地が気候により変わってくるので1-2か月すると急に価格が普通に戻ったりします。
物価はこのように一部のモノは不安定でぶれが大きいとも言えますが、最終的には懐具合との兼ね合いなのだと思っています。言い換えると、多くの方はお勤め先からの給与で生活されているわけで少なくとも1年間はどれだけ物価がぶれようと残業代などは別にして、決まった給与しか毎月頂けないのです。税金や住宅ローン、さらには経常的にかかる子供の教育費や家計のインフラ(=光熱費や携帯電話代)などを差し引かれた「より純粋な可処分所得」は額面給与に対して半分以下になってしまう方も多いのではないかと思います。
そのガクッと減った狭義の可処分所得に対する物価変動幅は統計で出てくるような数字とは違う実感数字としてとらえるべきなのでしょう。例えば大根やキャベツは毎日買うわけではないでしょうが、食材費の値上がりが積みあがって仮に一カ月に合計5000円上がったとします。月々の狭義の可処分所得が15万円の人は3.3%の物価高となります。これは総務省が発表する消費者物価指数より大きくなるわけで、家計には統計数字よりダイレクトに響くのです。
先週末、私どもはバンクーバーでサマーフェスティバルに出店していました。好天気に恵まれ人出も素晴らしかったのですが、多くの出店者からは「ひどい売り上げだった」と嘆き節が絶えませんでした。特に散々だったのが飲食系のようでした。昨年に比べ飲食系店舗が増えたこともありますが、それ以上に現場に立っていた限り、来場者の財布のひもが固かったと感じています。私どものようにアニメでもオタク系の書籍や雑貨を扱うところは趣味の消費なので欲しい人はいくらでも使うのです。今回も多い人はひとりで6万円ぐらいご購入されました。ですが、食べ物のようにチョイ買いする出費にはブレーキがかかっているともいえるのでしょう。
レストランでもそうです。最近行った2つの「繁盛していた店」でも、1軒は9時ごろには客は2組、もう1軒は9時にはゼロになってしまいました。そんな世相を受けてか、スーパーマーケットでも提示価格が明らかに下がっており、商品によっては何年か前に見た価格まで戻ってきているものもあります。目玉商品も増え、小売業者は苦戦しているのが実感として手に取るようにわかります。カナダでは1-2年前の狂乱物価は完全に通り過ぎています。
これら景気の実感は街角景気とも称するのですが、これが経済の統計に出てくるのは3か月ぐらいかかるのです。なぜなら「売れない」と感じ始めるのは店側が月次決算で締めた段階で実態を明白に理解するためで、その後に値下げなどの対策を施すわけです。統計とはそれら現場の経済行動を取りまとめたものです。もっと言えば中央銀行が「金融対策を行う」というのは更に3か月ぐらいかかります。
例えばパウエル議長は毎月の記者会見の際にある統計結果を受けてしばしば「この数字はひと月だけを見た場合なのでもう少し長い目で見ないとこれが異常値なのか傾向を示すのか判断できない」といいます。日銀の植田総裁も私が想像上の代弁をすれば「春に賃上げが行われた結果、物価高が家計でどの程度緩和されたかはもう少し様子を見ないとわからない」と言うでしょう。お2人とも確度を検証するスタンスです。その間に街角景気は悪化の一途を辿る、これがだいたいのシナリオで中央銀行が重い腰を上げた時は概して時遅しで慌てて連続利下げや大幅利上げをしなくてはいけないというのが過去繰り返されてきたことです。
カナダは既に利下げを開始し、中銀は引き続き利下げを継続することを視野に入れているようです。一方、日本は電気代の補助が切れたので国民が電気代の請求書を目にする7月ぐらいから物価に対する懸念は再度増大しそうです。訪日外国人が引き上げた物価と日本人が許容できる物価とは違うわけで、夏のレジャーなどに消費の影響が出てくる気がします。来週から東京と地方に行くので様子を見てきたいと思います。
ただ、個人的には日銀が金融政策の正常化をするのは正しいと思っています。今の金利水準はほとんどゼロの状態ですのでこれで利上げして実生活に影響するとすればそれはむしろ家計の支出スタンスが悪すぎたということかと思います。金利がない世界に慣れすぎた日本の方にはしばし向かい風かもしれませんが、ここは乗り越えるべきハードルだと考えています。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年6月13日の記事より転載させていただきました。