「自然再生法」を巡る環境相の独走?:ドイツ国民の80%が脱原発に不満

21世紀に入って環境保護が重要課題であることはほぼ全ての政党が認めるところだろう。環境保護政党「緑の党」の専売特許ではなくなって久しい。中道右派・左派も環境保護政策をその政治目標に掲げていることもあって、「緑の党」は存在感をアピールする必要性を強いられてきた。その結果、その言動が過激化してきている。それを支えているのは洪水など自然災害、気候不順の世界的多発だ。

「自然再生法」の署名を示唆したオーストリアのゲヴェスラー環境相(「緑の党」公式サイトから)

環境保護活動家には「もはや時間がない。このままでは地球が危ない」といった危機感が強い。彼らから「終末への差し迫った焦燥感」といった宗教的使命感すら感じるほどだ。

例えば、「ラースト・ジェネレーション」(最後の世代)と呼ばれるグループは路上を封鎖したり、美術館の絵画にペンキを浴びせかけるなどをして環境保護を訴えてきたが、一般社会からは批判的に受け取られ、活動家の一部は破壊行為、公共秩序の妨害などで逮捕されている。それでも彼らが活動を継続するのは「もはや時間がない」といった終末観的危機感が強いからだろう。社会から反対が強くなるほど、彼らの活動は過激化していく。間違った殉教精神だ(「環境保護活動が『殺人事件』になる時」2023年05月12日参考)。

ところで、オーストリアのネハンマー政権は中道右派「国民党」と「緑の党」の連立政権だ。そして環境相は「緑の党」のレオノーレ・ゲヴェスラー女史だ。同環境相は16日、国民党との話し合いもなく一方的に、「ルクセンブルクで行われるEU環境相会議で自然再生法に賛成票を投じたい」と表明したのだ。

「自然再生法」(Nature Restoration Law)は2050年までに気候中立を達成するためのEUの包括的な気候保護パッケージ「グリーンディール」の重要な部分だ。その上位目標は、生物多様性に富み、回復力のある生態系の長期的かつ持続可能な再生だ。これには、森林の再植林、湿地の再湿地化、より自然な河川流域の維持、そして結果としての生物多様性の保護が含まれる。自然再生法は、環境保護と経済成長を両立させるための重要な施策として位置付けられており、持続可能な未来を目指すEUの取り組みの一環だ。

同法案に対し、一部の農業団体や漁業関係者は、自然再生法案が厳しい規制を課すことで、農地や漁場の利用に制約がかかり、収益に悪影響を及ぼす可能性があると懸念している。特に、農地の転用や漁業活動の制限が経済的な打撃をもたらすと主張している。また、企業や地方自治体は、自然再生法案の実施に伴うコストが増加することを懸念している。特に、自然再生のためのインフラ整備や環境保護活動にかかる費用が大きな負担になるというのだ。一部の土地所有者や開発業者は、法案によって土地利用の自由が制限されることを問題視している。インフラ開発や都市計画において、自然再生法案が新しい建設プロジェクトやインフラ投資を妨げる恐れがあるというのだ。

環境相の発言に対し、国民党のカロリン・エットシュタドラー憲法担当相は「環境相は連邦州の意見に法的に拘束されており、農業省との合意を図らなければならないとされている連邦省庁法にも従わなければならない。憲法や法律を無視すれば、当然法的な結果を招くことになる。環境相は意図的に憲法および法律違反を犯している。これは極めて無責任であり、異常だ」と述べ、「事案の内容に関わらず、法が法であり続けなければならない。イデオロギーが法を上回ることは決してあってはならない」と強調している。

国民党のノーベルト・トーチニグ農業相も「イデオロギー的な理由から、わが国に過剰な規制と二重の重荷をもたらす法律に賛成しようとしている。連邦州や政府内での調整なしにこれほど広範な政治的決定を下すことは、無責任であり、民主主義的に危険だ。より多くの気候保護と生物多様性のための合理的なインセンティブを設定する代わりに、彼女は禁じ手を用いて国民の生活を制限しようとしている」と厳しく糾弾している。

環境相の独走に対し、極右政党「自由党」は国民党側の主張を支持する一方、リベラル派のネオスは環境相の決意を評価している。州別にみると、フォアアールベルク州、チロル州、ニーダーエースライヒ州、ザルツブルク州など国民党が州知事を出している州では環境相を批判する声が強い一方、社会民主党が政権を握るウィ―ン市やケルンテン州では「自然再生法」に賛成する姿勢を見せてきている、といった具合だ。

ゲヴェスラー環境相は16日の記者会見で「今ためらうことは私の良心に反する。決意と勇気のシグナルを送りたい」と述べる一方、国民党との連立決裂を恐れていないという。ちなみに、オーストリアでは今年9月29日、連邦議会選挙が実施される。ネハンマー現連立政権はあと数カ月で幕を閉じる。そのような事情もあってか、環境相の今回の発言は9月の総選挙を意識した政治的決断ではないか、という声が聞かれる。

参考までに、ドイツの「緑の党」はショルツ政権下で脱原発を主導し、昨年4月、脱原発を実現したが、国民の80%は現在、エネルギーコストの高騰をもたらした脱原発に不満を持っているという世論調査結果が出ている。グリーン政策に伴うエネルギー価格の高騰、競争力の低下はドイツの国民経済に大きな負担となっているのが現状だ。

環境保護という目標は正しいが、それを実行する場合、関係省、産業界、国民との密接なコミュニケーションと啓蒙が不可欠だ。ゲヴェスラー環境相の今回の「自然再生法」への署名意思表明にも当てはまることだ。「最後の世代」の活動を見ても分かるように、「自分たちは正しいことをしている」という信念に固まった「緑の党」関係者の言動は、環境保護という崇高な目標を台無しにする危険性がある。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年6月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。