仮説力は不要! 仮説のズレが生む新たな発見

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「ここだけの話」を聞く技術。そんなものは存在するのか? そう思った方もいることでしょう。よほどのコミュニケーション能力がない限り、難しいと思っている方も多いのではないでしょうか。

できる人だけが知っている 「ここだけの話」を聞く技術』(井手隊長著)秀和システム

仮説はズレていればいるほど「オイシイ」

井手隊長は取材に入る際には入念に事前準備をすると言います。しかし、取材をすすめていくと自分の仮説とのズレが発生することもあります。

「仮説とズレている部分こそが、じつはものすごく大事なポイントになってくるのです。私レベルでも予想できるようなことは、誰にでも予想できることです。予想(仮説)に反するような出来事こそが、その人の魅力のひとつであることが非常に多いのです。推理モノも、素人が予想できるような内容では売れません」(井手隊長)

「東京・高田馬場に、私が2021年に初めて食べに行った『博多ラーメン でぶちゃん』というお店があります。じつは恥ずかしながら、店の前を通りがかるまでまったく知らなかったお店です。近くの出版社で打ち合わせがあり、その後でラーメンを食べようとまわりを歩いていたら、店の前で強烈な豚骨臭を放つお店を見つけたのです」(同)

入店し、食べてみたら大当たりだったのです。井手隊長の元には、ラーメンの情報が日々入ってきます。名店や人気店の情報はある程度は頭に入っていたつもりでした。ところが、まったく知らなかったお店だということもあり、逆に興味を持つことになります。

「それから『でぶちゃん』の店主・甲斐康太さんとの交流が始まります。甲斐さんは仮説とのズレが大きすぎる店主でした。こんなに美味しいラーメンを提供しているのに、まわりから情報は聞かないし、当時で690円という、とんでもない値段で提供しているのです。『ここの店主は自分のラーメンの味の価値をわかっていない』という仮説を立てていました」(井手隊長)

「実際に甲斐さんに取材をすると、15歳からラーメンの世界に入り、20年以上ラーメン一筋で生きてきた職人でした。ご自分のラーメンの味にも絶対の自信を持っていて、豚骨ラーメンの熟成を科学的に解明しようという、かなり最先端の考えの持ち主だったのです」(同)

筆者が20代の頃のエピソードです

日本のピアノ市場は、ヤマハとカワイで約9割のシェアを占めています。しかし、それ以外にも多くのピアノメーカーがあり、大手メーカーに対抗すべくピアノ組合を設立していました。このピアノ組合の販路開拓を請け負ったことがあります。筆者が20代の頃です。

この販路開拓は簡単なことではありません。想定された販売チャネルはホームセンター、通信販売、音楽大学等での実演販売、百貨店の4経路です。チャネル先の担当者と交渉していくと、案の定、当初想定されたチャネルは全滅となります。価格的な問題と、ピアノの大きさの問題がクリアできないのです。

釈然としない私は、数日頭を空っぽにして、なんとか別の可能性がないものか模索しました。その結果、一つの可能性が浮かび上がります。それはショールーム販売でした。当時、大きなショールームを所有し、ピアノを置くことができて、価格的な問題をクリアできる場所は日本に1カ所しかありませんでした。それが大塚家具です。

早速連絡をしてみたところ、元社長(当時は経営企画室長)とコンタクトが取れ、幸運にもすぐに当時の社長(父親)と面会することができました。

元社長は情熱的でした。ピアノ組合の話を聞くなり、「このデザイン力を活かすなら当社のショールームはベターでしょう」「デザインはヤマハ、カワイに劣るとは思えません」「大手よりもピアノ組合の製品に興味があります」という回答で、とんとん拍子で進みました。

このプロジェクトはマーケティング業界でちょっとした話題になりました。当初の仮説通りに進めていたら実現しなかった事例です。

マーケティングや経営分析では「仮説」が重要だと言われます。ですが、「仮説」という思い込みは自らの視野を狭めです。「仮説」にとらわれることなく柔軟性を持つことが大切であると申し上げておきましょう。

尾藤 克之(コラムニスト・著述家)

2年振りに22冊目の本を出版しました。

読書を自分の武器にする技術」(WAVE出版)