74年前の今日(50年6月25日)、北朝鮮が38度線を越えて韓国に侵攻(南侵)し、朝鮮戦争が勃発した。53年7月27日に休戦協定を結ぶ契機になった理由の一つは、同年3月のスターリンが死だったとされる。未だ講和条約が結ばれていないから、今もこの戦争は休戦中である。
朝鮮戦争は、外形上は北朝鮮と連合国軍の戦争だが、実質的には米韓と北中ソの戦いだった。日本も連合国軍の兵站に多大な貢献をした。横田基地に今も翻る国連旗はその象徴だ。「朝鮮特需」によって終戦間もない日本の復興は大いに加速し、警察予備隊が自衛隊に衣替えするきっかけにもなった。
プーチン訪朝
6月19日、プーチンは24年振りに北を訪問し、経済の停滞で指導力低下が著しい金正恩を欣喜雀躍させた。プーチンにとっても、EUと米国によるウクライナへの千数百億ドルに上る支援や最新兵器供与は、ウクライナのNATO入り阻止を目的に始めたこの戦争が、NATO相手になりかねない苦境をもたらすから、文字通り「藁にも縋る」思いだろう。
NATO側が供与兵器の使用制限を緩和したことは、ウ露戦争の新たな局面入りを意味する。この戦争がロシアによる侵略戦争である論拠の一つは、戦場がウクライナ国土に限られていたことだが、それがロシアの国土にも及ぶなら事態の変更だ。が、空から敵基地を叩くならまだ「自衛の範囲」に含まれるか。
ロシアによるウクライナの原発やダムへの攻撃は「ジュネーヴ諸条約及び追加議定書」違反だが(第56条)、ウクライナによるロシアの製油所へのドローン攻撃も、ウクライナの非戦闘員住居へのロシアによる無差別攻撃と同様、「文民たる住民の生存に不可欠な物の保護(第54条)」に違反してはいまいか。
さて、ロシアと北が結んだ「包括的戦略パートナーシップ条約」は「軍事同盟」より一段低いレベルとされるが、「どちらか一方が、武力侵攻を受け、戦争状態になった場合、遅滞なく、保有するすべての手段で軍事的およびその他の援助を提供する」ことが謳われている(「西岡力氏の国基研記事」24.06.24)。
軍事同盟であるNATOの条約5条には「・・一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす。締約国は、武力攻撃が行われた時は、国連憲章の認める個別的又は集団的自衛権を行使して、北大西洋地域の安全を回復し及び維持するために必要と認める行動(兵力の使用を含む)を個別的に及び共同して直ちにとることにより、攻撃を受けた締約国を援助する」とありほぼ似た文言だ。
が、この二つの条約最大の相違点は、ロシアと北朝鮮がどちらも信義や約束を守らない国であることではなかろうか。なので、北とロシアの条約を云々したところで何の意味もない。なにしろロシアは45年8月8日、翌年3月末が期限の日ソ中立条約を破って日本に宣戦布告した国である。
先に朝鮮戦争が「米韓と北中ソとの戦い」と書いたが、この戦争でソ連が武器弾薬の支援と軍事顧問の派遣に加えてパイロットも動員していたという公然の秘密を、プーチンは23年7月の北の戦勝記念行事に送った祝辞で殊更に暴露した。敢えてその話を持ち出し、北にロシアへの派兵を要請したのだろう。
半島問題に詳しい西岡力氏は前掲の記事で、「私が最近入手した情報によると5月に約1000人の工兵部隊がロシアに派遣され、今後、それが1万人に増やされる計画で、現在、体格の良い兵士を選別する作業が進んでいる」と述べている。今回のプーチン訪朝の意味の一つを示唆していよう。
中露は19年12月16日、22日に帰国期限を控えた北朝鮮出稼ぎ労働者規制を含む安保理決議2397号の解除を国連安保理に提案した。結果は米国の拒否で否決されたが、斯く国連制裁で出稼ぎすら規制している北朝鮮に兵士の派遣を求めるなど言語道断、ロシアに安保理常任理事国たる資格はない。
筆者は20年1月の拙稿で北への国連安保理制裁のどれもが、北の独裁政権が「需要が満たされていない北朝鮮の人々が必要とする資源を流用して、核兵器及び弾道ミサイルの開発を継続していること」への強い懸念を込めていることに触れた。金正恩もプーチンも保身のためなら国民を顧みないのだ。
朝鮮戦争と在中国朝鮮族との関り
他国の戦争に同盟国以外の国民が参加するケースは、近現代ではスペイン内乱の「国際旅団」や日中戦争の「フライングタイガース」、朝鮮戦争の「中国義勇軍」などが知られている。ウ露戦争の傭兵軍団ワグネルにも外国人がいた(拙稿「ウクライナ紛争で浮上した『傭兵』『義勇兵』『志願兵』」)。
ウラジオストクの西100km辺りに、中国吉林省延辺朝鮮族自治州(以下、「自治州」)という地域がある。面積は43.5Km2、人口は2.2百万人(09年)というから、広さは台湾(約35km2)より少し広く、人口は台湾(23.5百万人)の1割に満たない。20世紀前半に満州やシベリアで諜報活動に従事した石光真清の手記4部作には朝鮮人が何人も登場する。
台湾を引き合いに出した理由の一つは、朝鮮戦争当時の「自治州」の人口が50万人であり、台湾の終戦時の人口が約6百万人だったからだ。共にこの70余年間で約4倍になった勘定だ。因みに、朝鮮半島の人口は45年の25百万人から77百万人(韓国51百万人、北朝鮮26百万人)へと約3倍増である。
その「自治州」から朝鮮戦争に中国志願軍として多数の朝鮮人が参加していた。
モスクワ関係大学のアナトリー・トルクノフ教授が、ソ連崩壊後に明らかにされた北朝鮮・ソ連・中国の間の電報を分析して書いた「朝鮮戦争の謎と真実(金日成・スターリン・毛沢東の機密電報による)」(草思社01年刊)という著書がある。その中でトルクノフは、要旨次のように書いている。
駐北大使シトゥイシコフは49年5月14日、金日成との会談内容をモスクワにこう報告した。即ち・・朝鮮人民軍政治総局長の金一が4月末に訪中し、党中央東北局第一書記の高崗を介して「自治州」の朝鮮人からなる人民解放軍朝鮮人師団に関し、北京で朱徳・周恩来と4度、毛沢東と1度会談を行った。
金は毛に、必要な場合に朝鮮人師団の派遣を要請する朝鮮労働党からの書簡を手渡した。毛は、朝鮮人師団は三個師団、二個師団が奉天と長春に配置され、一個師団は国民党軍への攻撃作戦中だが、満洲の二個師団を完全武装の状態で朝鮮政府のために派遣する準備ができていると答えた。
毛はまた作戦中の師団は南方から戻るのに1ヵ月は掛かりそうだとし、三師団は非常備軍で準備が不十分なので、朝鮮側が将校に軍事訓練を施すことを勧めた。金が、朝鮮人師団が装備している日本製武器に中国は弾薬を供給できるか尋ねると、弾薬は中国で製造しているので供給できると答えた。
その日本製武器とは国民党軍から鹵獲したものだ。大陸の日本陸軍は9月2日の「GHQ一般命令第一号」に基づき、満洲ではソ連元帥に、他は蒋介石元帥に降伏した。毛は、実態は人民解放軍である志願兵の装備について、50年11月7日にスターリンに銃器類の供給を依頼している。即ち・・
銃器類は大部分が国民党軍からの戦利品で口径がばらついているため、特に小銃、機関銃の薬莢の製造に支障が生じている。よって51年1月から小銃14万丁(薬莢58百万個)、自動小銃2.6万丁(薬莢8千万個)、TNT火薬1千トン(以下略)の供給が可能かどうか検討願いたい。
毛が嘆いている「支障」が、先ごろ北が何百台だかのコンテナを使ってロシアに送った武器弾薬の不具合を彷彿させて、筆者は改めて失笑してしまった。
さて、中国共産党中央委のソ連共産党代表コウリョワも49年5月17日、毛沢東から、満洲に50万の朝鮮人がいて朝鮮人師団(一師団1万人)が二個師団あり、うち一個師団には満州で国民党軍との実戦経験もある、これらはいつでも北朝鮮に派遣できる、と金一にした話を聞き、モスクワに伝えている。
「自治州」の朝鮮人二個師団2万人は、20万以上ともされる中国志願軍の1割足らずだが、朝鮮語が使える彼らが様々な形で役に立ったであろうことは容易に想像できる。それにしても、数年前まで同胞だった朝鮮人同士が数十万単位(民間も含めれば数百万単位)で殺し合うほど凄惨なことはない。
ところで、西岡情報によれば、北朝鮮兵が工兵として派遣された理由は、逃亡する懸念が少ないからだという。豊かとは思えないロシアに触れて逃げ出すのを懸念するとは、如何にも韓国が国境から大音量で流すニュースやKポップ、北朝鮮の人権状況などのメッセージに激怒してゴミ入り風船で仕返しするお国柄だ。
最後に「自治州」に絡めて台湾を引き合いに出した別の理由を述べる。蒋介石は朝鮮戦争勃発3日後の6月28日、国民党軍33千人の朝鮮派兵を米政府に申し入れた。マッカーサーは賛成したが、彼の対中原爆使用案と共に、中国との全面戦争を懸念したトルーマンに退けられ、マッカーサーは解任された。この出来事、果たしてプーチンは知っているだろうか。