今月9日から2日間の日程で人工知能(AI)の倫理問題に関する世界の宗教指導者たちの国際会議が広島で開催される。同会議は世界最大キリスト教会のローマ・カトリック教会が呼びかけたもので、AIの倫理問題を提示した通称「ローマコール」について、世界から宗教者代表、政治家、専門家が結集する。そこでAIの倫理問題の”ローマコール”だけではなく、「信教の自由」を訴えた”東京コール”を世界に配信する機会となることが願われるのだ。
安倍晋三元首相が暗殺されて、8日で2年となる。事件をきっかけに山上徹也被告が恨みを持っていたとされる世界平和統一家庭連合(家庭連合、旧統一教会)への非難・攻撃が強まり、岸田文雄政権は、同教団の解散命令請求に突き進んだ。同教団解散請求は信者の高額献金問題に根拠を置いたもので、同教団を反社会的団体と糾弾している内容だ。
宗教法人法上の解散命令の要件となっている「法令違反」は本来、刑罰法令の違反に限られ、民法上の不法行為は含まれないにもかかわらず、岸田首相は世論の圧力に屈して、その法解釈を書き直した。法的な整合性を無視し、まず解散ありき、といった論理が先行していった。それを支えたのは朝日新聞などの左派メディアの教団バッシングだ。旧統一教会解散は岸田首相の政治的利権と左派メディアの連携で行われてきた結果だ。
40年あまり、ローマ・カトリック教会をフォローしてきた当方は、「それではカトリック教会はなぜ解散されないのか」と不思議に思う。旧統一教会への批判は主に高額献金問題だが、カトリック教会の場合、未成年者への性的虐待問題だ。前者は民事関連だが、後者は刑法問題だ。そしてその件数は数万件に及ぶ。にも拘わらず、前者は高額献金という問題で解散命令請求を受け、後者は聖職者の性犯罪を隠蔽してきたにもかかわらず解散命令請求を受けていない。
カトリック教会は解体すべきだという声はほとんど聞かれない背景には、聖職者の性犯罪は絶対に許されないが、「信教の自由」を無視することはできない、という前提があるからだ。性犯罪とは無縁で献身的に歩む大多数のカトリック教会聖職者と敬虔な信者たちの「信教の自由」を尊重しなければならないからだ。カトリック教会が直面する民事訴訟件数は旧統一教会の数十倍だ。そして刑事訴訟の件数にいたってはカトリック教会は圧倒的に多い。にもかかわらず、ローマ・カトリック教会の解体要求は聞かれない。それほど「信教の自由」は普遍的価値観に立脚しているからだ。
一方、高額献金問題ならば、キリスト教会だけではなく、仏教など全ての宗教団体が抱えている問題であり、高額献金した後、信仰を失ったためにその献金を返してほしいという元信者たちの要求は過去も現在も起きている。にもかかわらず、高額献金問題で旧統一教会に「反社会的団体」というレッテルを貼って解散を強いているわけだ(「『お金』に潜む宗教性について」2015年5月26日参考)。
当方は2012年11月、国連人権理事会の「普遍的・定期的審査」(UPR)の日本人権セッションとそのサイドイベントを取材するためにジュネーブに飛んだ。その時、国連内で開かれたサイドイベントで著名な国際人権活動家で「国境なき人権」(HRWF)の代表、ウィリー・フォートレ氏と会見できる機会があった。同氏は1年前、日本を訪問し、統一教会信者の拉致監禁問題の現地調査を行った専門家だ。HRWF報告書は当時、日本人権セッションの審査の基本文書に採用されていた。
フォートレ氏は「私は1年前、日本を訪問し、新宗教の統一教会信者が強制改宗者や家族関係者から棄教目的で拉致監禁された問題の現場調査を実施した。拉致監禁に対しては日本政府を含む多くの関係者が否定しているが、調査目的は実際に行われている拉致監禁の証拠を見つけることだ。私たちは、過去5年間で拉致監禁された経験のある約20人とインタビューした。その結果、不幸なことだが、信者たちの拉致監禁は事実と判明した。ショッキングな点は、拉致監禁された信者たちがさまざまな迫害を受けているにもかかわらず、民主国家で警察当局や法関係者が必要な対策を講じていないということだ。全く無法状態なのだ」と語ってくれた。旧統一教会関係者によると、これまで4300人以上の旧統一教会信者が拉致監禁の犠牲となっている。メディアはこの問題を全く無視してきた(「日本『宗教の自由』の無法地帯」2012年11月3日参考)
当方は12年5カ月監禁されたという後藤徹氏とも会見したが、同氏は「自分は1995年帰郷した後、ワゴン車で拉致され、アパートの一室で12年間以上、監禁された。当時31歳だった自分は監禁から脱出した時、44歳になっていた。自分は人生で最も貴重な30代を外の世界を見ることなく生きてきた」と述懐したのを今でも記憶する(「『30代』を奪われた男の決意」2012年11月2日参考)。
岸田首相の旧統一教会解散請求の法的根拠問題、旧統一教会信者の拉致監禁問題の2点をみても、旧統一教会解散請求が政治的な動機やメディアの偏見から下された結果であることが分かる。フォートレ氏が当方とのインタビューで語ったように、日本は宗教の自由、信教の自由では無法状態だ。
ローマコールは、平和のためのAIの倫理問題について世界の宗教者が協議し、その内容の文書に署名する。主催者は、教皇庁生命アカデミーのほか、Religions for Peace Japan、アラブ首長国連邦のアブダビ平和フォーラム、イスラエルの大ラビナートの宗教間関係委員会だ。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つのアブラハム宗教指導者は昨年、「ローマコール」に署名した。広島の会議では東洋の宗教指導者も集まり、署名する予定だ。
そこで世界の宗教者がAIの倫理問題で広島に集まって”ローマコール”に署名する機会を利用して、「信教の自由」の無法地帯と呼ばれる日本で「信教の自由」の尊さを訴える‘東京コール’を世界に向かって配信すればいいのではないか。
「信教の自由」を脅かす旧統一教会問題で他の宗教団体が旧統一教会に連帯し、擁護するといった動きは残念ながら見られなかった。
それだけに、宗教指導者は”東京コール”を支持し、連帯を表明すべきだろう。今からでも遅くはない。
岸田首相は内政より外交がお好きというが、外交の世界では「信教の自由」を蹂躙する国に対しては厳しい。米国務省が先月26日、信教の自由に関する最新の年次報告書を公表したが、そこでも旧統一教会解散請求の問題点が指摘されていたことを思い出してほしい。
<参考資料>
米国務省公表の「2023年信教の自由に関する年次報告書」から旧統一教会問題に言及した箇所
10月13日、東京地方裁判所は文部科学省(MEXT)からの請求を受け入れ、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の解散を命じた。これは異例のことで、これまでの解散命令は刑法違反に基づくものだったが、今回は民法違反に基づいている。盛山正仁文部科学大臣は、教会が宗教団体の地位を利用して信者に寄付や高額な購入を促し、1980年以来、公共の福祉を損ない、本来の目的から逸脱していると述べた。同相はまた、教会が法律上の解散条件を満たしており、その行為が「公共の福祉を著しく損なうことが明らかに認められ」、「法律に規定された宗教団体の目的から著しく逸脱している」として解散を判断したと述べた。10月16日、教会側は解散の根拠が法律に適合しないと反論した。
世界平和統一家庭連合のメンバーは、2022年の安倍晋三元首相の暗殺以来、「偏向的」または「敵対的」な報道や全国霊感商法対策弁護士連絡会からの圧力により、信仰を公に表明できないと述べた。メンバーはまた、寄付が拒否されたり、教会との関係を避けたいと考える市やコミュニティーから地域の文化イベントへの参加を拒否された事例も報告した。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年7月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。