なぜ「報道評議会」が必要か?

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報道は、基本的に「報じたもの勝ち」だ。間違っていても、いったん報じれば、多くの人に伝わり既成事実化する。あとから訂正を出すことはあるが、通常、小さな記事でほとんど人の目に触れない。

名誉毀損などの場合、いちおう訴訟で争う道はある。しかし、判決が出るのは何年も先だ。しかも、勝っても賠償額はごくわずかだ。だから、報道被害者の多くは泣き寝入りしてしまう。結果として、ますます「報じたもの勝ち」になり、杜撰な報道は繰り返される。

悪循環を断ち切り、再発を防がねばならない。私は2019年、毎日新聞による事実無根の誹謗中傷キャンペーンの被害を受けた際、そう考えて訴訟を起こし、徹底的に戦うことにした。四年半かかって、今年1月、ようやく最高裁で勝訴が確定した。

だが、判決確定の翌日に毎日新聞が出した記事には、正直なところ、心が折れかけた。第二社会面の目立たない記事だったのは想定内だが、呆れたのは内容だ。要するに、一部不備があって訴訟では負けたが、概ね適切な取材に基づく正当な記事だった・・・という文脈だ。そのうえ、「判決では・・・という報道が事実だと認められました」として、判決にない虚偽のことまで書いてあった。

「もう馬鹿馬鹿しい。おしまいにしようか」とも思った。しかし、ここで終われば、毎日新聞は反省も検証しないままだ。また同じことを繰り返しかねない。傍らでみていた他の報道機関も、「こうやって逃げ切れる」と安心し、また杜撰な報道を続けかねない。これでは、四年半かけて訴訟を戦った意味がない。

そう思い直し、再発防止の道筋ができるまで、徹底して戦い続けることにした。

「開かれた新聞委員会」の検証結果

毎日新聞は、判決を踏まえ、「検証と再発防止」に取り組む必要がある。他の業界や政官界で不祥事や事故が起きた際は、新聞はいつも「検証と再発防止」を求めているはずだ。自らの“大事故”では「訴訟が終わったのでもうおしまい」との姿勢は許されない。

そこで、同社に設けられた「開かれた新聞委員会」(委員:小町谷育子・弁護士、治部れんげ・東京工大准教授、武田徹・専修大教授、西田亮介・東京工大准教授)に対して2月に申立てを行い、一連の報道キャンペーンの検証と再発防止策の検討などを求めた。

これを受け、委員会で検証が行われ、6月24日付の紙面で、かなりのスペースをとって検証結果が報じられた(委員会の見解、紙面に掲載された私のコメントは後掲)。

国家戦略特区報道:国家戦略特区報道、開かれた新聞委員会が見解 個人に焦点、反省を | 毎日新聞
 毎日新聞が2019年6月から掲載した政府の国家戦略特区を巡る一連の報道の妥当性を検証するよう求める申し立てが、本社の第三者機関「開かれた新聞委員会」にあり、同委員会は見解をまとめた。申立人が記事で名誉を毀損(きそん)されたとして損害賠償を求めた訴訟が本社敗訴で確定したのを受けた検証記事(24年1月

まず、こうした検証を行い、紙面で読者に伝えたことは、素晴らしいと思う。新聞の誤報の多くでは、こんな対応がなされていない。他紙も大いに見習うべきだろう。

一方で、検証結果の内容は、全く不十分だった。後掲するコメントでも触れたが、一連の報道について「重大な問題点は見当たらない」との結論には、甚だ失望した。これでは、今後も報道冤罪を生む可能性が否めない。

細部で不十分な点もいくつもある。例えば、「個人に焦点を当てすぎた」ことを問題視したのはよいが、「記事の本筋(国家戦略特区制度の透明性・公平性に関する指摘)は妥当だった」という趣旨の話になっている。これもおかしい。「国家戦略特区制度の透明性・公平性」の指摘がおよそ的外れだったことは、当時、私以外の特区の民間委員12名が連名で繰り返し抗議文を公表して明らかにしていた。こうした抗議をなぜ無視したのかも検証が必要だった。

毎日新聞社の国家戦略特区を巡る報道への抗議

毎日新聞社の国家戦略特区を巡る報道への抗議(第2回)

「報道評議会」を創設せよ

根本的な問題を指摘できなかったのは、「開かれた新聞委員会」の力不足といったことではなく、各社に設けられる第三者委員会の限界だと思う。やはり、外部機関による検証の仕組みが必要だ。

主要国の多くでは、「報道評議会」などの名称の機関を、新聞社などが共同して設けている。報道被害の申立てを受け、報道内容を検証して勧告などを行い、各社はそれに服する仕組みだ。報道機関は、報道の自由を有する一方、報道の信頼性を高める社会的責任が求められるとの考え方に基づく。

日本では、テレビ・ラジオでは放送倫理・番組向上機構(BPO)が存在するが、新聞では外部検証の仕組みがない。本来、新聞は「社会の公器」として軽減税率適用なども受けているのだから、信頼性を担保する仕組みを欠いているのはおかしなことだと思う。

先日刊行した『利権のトライアングル』(産経出版社、高橋洋一氏と共著)では、高橋氏との対談で、一連の訴訟経過や国会の問題、最近の政策動向などを分析するとともに、「報道評議会」についても意見を交わした。

この点は、実は高橋氏と意見が合わない。高橋氏は「ネットメディアが拡大しているから、新聞はもう要らない」との意見だ。これに対して、私は「ネットメディアが拡大しているからこそ、新聞の役割が重要になる」との考えだ。

ネットメディアは優れたものも多いが、やはり玉石混交だ。野放図な言論の自由市場では極論やデマの拡散も起きがちだ。だから、信頼性の高いメディアが求められると私は思う。

社会に不可欠なメディアとして新聞を再興するため、「報道評議会」の創設に向けて取り組むつもりだ。

【参考】

1)「開かれた新聞委員会」の見解

毎日新聞の報道に人権侵害や報道倫理上の問題があったとして、原英史氏が当委員会に対し検証を求めた2024年2月14日付の申し立てを受けて、当委員会は毎日新聞社側から取材・報道の経緯について詳細な説明を受け、討議しました。

まず、原氏と毎日新聞社間の名誉毀損訴訟の最高裁決定を受けた24年1月12日朝刊の記事「取材と報道 経緯説明します」の中で、「判決では、WG(ワーキンググループ)委員の協力会社が特区の提案者からコンサルタント料を得ていたという報道が事実だと認められた」と記述したことについては、そもそも訴訟で争点になっておらず、申し立ての指摘する通り「事実だと認められた」とは言えません。本委員会の調査依頼に対して毎日新聞社側は掲載前の原稿の点検で間違いに気づかなかったと説明していますが、報道機関として事実確認を徹底する体制作りを求めます。

それ以外の申し立てに関しては、国家戦略特区を巡る一連の取材・報道を巡り、法令や報道倫理の観点から指摘すべき重大な問題点は見当たりませんでした。

ただし、読者の視点に立って一連の報道を振り返ってみると、気になる点もあります。国家戦略特区制度における政策決定過程の透明性・公平性を確保することの大切さをより明確に伝えるべきだったと考えます。そうした報道姿勢が徹底していないために、続報の中には個人に焦点を当てすぎたと捉えられる書き出しがあり、読み手が本文の内容と必ずしもそぐわないと感じる可能性のある記事が見られました。

また、読者の理解を助けるために掲載する図表類についても、作り手の意図していない受け止められ方がされないよう、これまで以上に注意を払う必要があります。

裁判所で名誉毀損が認定された19年6月11日朝刊記事の表現の行き過ぎた部分とともに、これらを反省材料とし、今後の報道に生かしてほしいと考えます。

メンバー
小町谷育子委員 弁護士
治部れんげ委員 東京工業大准教授・ジャーナリスト
武田徹委員   専修大教授
西田亮介委員  日本大教授・東京工業大特任教授(50音順)

2)私のコメント(「原英史氏の話」として毎日新聞紙面に掲載)

毎日新聞は、自社の記事の名誉毀損が認定された判決を報じる記事で、新たな虚偽を重ねたことが今回認定されました。同社の報道体制に疑義を呈した委員会に敬意と謝意を表します。また、読者の視点に立つと「気になる点」があるとして、一連の報道について「個人に焦点を当てすぎた」等と認めたのは、私が指摘した問題の存在を委員会として実質的に認めたものです。

しかし、私を貶め続けた報道キャンペーン全般に関して「重大な問題点は見当たらない」とされたことには甚だ失望しました。これでは、今後も報道冤罪を生む可能性が否めません。

新聞界においても、放送界と同様、独立した第三者検証機関を設ける必要性が明らかになったと思います。