ドイツでキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)のメルケル首相が4期、16年間、政権を維持したが、前回(2021年9月)の連邦議会で社会民主党(SPD)が第一党を獲得し、ショルツ3党現連立政権が発足した。一方、ブレグジットの英国では14年間、キャメロン首相から始まりスナク現首相まで保守党が政権を維持してきた。そして今回の下院選挙(定数650)で社会民主主義を唱える労働党が400議席を上回る議席を獲得し大勝利、単独で過半数を確保し、キア・スターマー党首がゴードン・ブラウン首相(在位2007年~10年)以来の首相に就任する。
多くのドイツ国民が2021年の連邦議会選では16年間のメルケル政権からのチェンジを願ったように、英国国民も14年間の保守党長期政権に疲れ、政権交代を期待してきた。ただし、ドイツの場合、メルケル政権が16年間、政権の顔だったが、英国の場合、過去14年間、キャメロン、メイ、ジョンソン、トラス、そしてスナク現首相まで5人が次々と入れ替わり首相ポストを担当してきた。特に、コロナ時代の首相に就任したジョンソン首相はコロナ規制下にもかかわらず官邸内でパーティーを開くなど自由奔放の言論で国民から批判を受け、有権者の保守党離れを加速させていった。
英国では何でも賭けの対象となるが、保守党政権から労働党政権への政権交代への掛け率(オッズ)は高くなかった。全ての世論調査が労働党の勝利を確実視していたからだ。結果はそれを追認した。
スターマー党首が率いる労働党はトニー・ブレア労働党政権時代(1997~2007年)に匹敵する議席を獲得した一方、スナク首相の保守党は2019年の選挙で得た365議席から131議席と大幅に議席を失った。
ところで、欧州大陸では、極右政党が旋風をまき散らしている中、英国では労働党が大勝利したが、それは即、社会民主主義の復活を意味するのだろうか。英国は欧州大陸とは違う、というだけでは説得力が乏しい。
ドイツの週刊紙「ツァイト」オンラインでヨヘン・ビトナー記者は5日、「突然強力な社会民主主義が復活したのだろうか?現在のイギリスの状況は、ブレアの時代のような衝撃もなく、左派の復活でもない。新しい社会構想や魅力的な未来ビジョンがスターマー党首(元検事)をダウニング街10番地に導いたわけではない。今回の選挙結果は、労働党の勝利というより保守党の歴史的敗北を意味するといったほうが妥当だ。世界で最も古く、最も成功した政党であるイギリスの保守党は、もしかすると今、消滅の始まりを迎えているのかもしれない」と辛らつに論評している。以下、同記者の論評を紹介しながら、英下院選の背景をまとめた。
具体的には、「保守党は中道層を失い。支配政党とその支持基盤との疎遠化が進み、国民を政治的に孤立させた。その結果、多くの有権者は、他に選択肢がなかったために労働党に投票した」と分析している。もちろん、ナイジェル・ファラージ氏が率いる右派政党「リフォームUK」(改革党)が右派の支持層を分裂させたことも、保守党の大敗北をもたらした原因の一つだろう。BBCの予測によると、ファラージ氏の改革党は13議席を獲得する見込みだ。
ここで問題は、労働党は選挙では大勝利したが、有権者の信頼を得たわけではないというのだ。スターマー新首相はブレア首相のような国民的人気はない。そのうえ、労働党は筋金入りの社会主義者ジェレミー・コービン党首時代(2015~20年)に大きく左傾化している。スターマー氏は彼らを中道左派に引き戻すことができるか。スターマー党首は選挙戦中、「急進派左派を追放し、労働党を改革した」と表明してきた。同党首はオバマ元米大統領のキャッチフレーズ「チェンジ」をモットーに選挙戦を戦ってきたが、「国の政策のチェンジ」というより、「労働党の刷新」という意味合いが強いのではないか。
ビトナー記者は「社会的に保守的な有権者、特に労働者階級からの支持を取り戻し、同時に学術層からの左派支持を失わずに統治できるか?ヒラリー・クリントン女史が2016年に失敗し、オラフ・ショルツ首相が3年間の連立で失敗し続けている左派の再結成をスターマー党首は成し遂げられるか」と疑問を呈している。
ところで、労働党の内部対立の最大リスクは移民問題だ。ブレグジット以降、保守党の約束に反し、過去2年間で約150万人が合法的にイギリスに移住した。同じ期間に8万人がゴムボートで不法に渡ってきた。移民問題で労働党が統一した対策を取れないようだと、「改革派」のファラージ党首が政権を揺るがすだろう。ファラージ党首は「移民制限の約束を何度も破ったことが保守党の衰退の主な原因だ。住宅不足、賃金の停滞、医療サービスの劣化-すべては移民対策の失敗の結果」と主張している。
スターマー新首相はこれまで中道の現実主義の重要性を強調してきたが、14年間の野党生活を経た労働党議員すべてが元検事の忍耐と節度を持っているわけではない。イスラエルの自衛権を強調するスターマー党首の姿勢に怒る旧労働党支持者が多いイスラム教徒の多い選挙区では、基盤の喪失が懸念されている、といった具合だ。
最後に、EUとの関係改善について、スターマー党首はブレグジットを元に戻すつもりはないと何度も表明している。ただし、EUとの間の貿易の円滑化と防衛協力の強化を目指すという。ちなみに、同党首は熱心なブレグジット反対者だった。
ビトナー記者は「選挙で大勝利したスターマー党首への国民の信頼はまだ小さい。彼は議会では多数派となったが、彼が経済を活性化し、医療を改善し、新しい移民管理のアイデアを提示しなければ、長続きしないだろう。労働党の結束が課題だ」と述べている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年7月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。