財界トップもトランプ政権に備えよ

経団連の十倉会長は6月10日の定例会見で、「選択的夫婦別姓制度」について「世の中は大きく変わっている」「国会で建設的な議論が行われることを期待する」などと述べ、希望すれば生まれ持った姓を戸籍上の姓として名乗り続けられる制度の早期実現を要求した。

会見する十倉会長の背広の襟には大きなSDGsバッジがキラキラ輝いていたが、日本の並み居る大企業を統べる経団連たるものが、この「選択的夫婦別姓制度」を本気で「ダイバーシティ政策の一丁目1番地」と位置付けている様では、日本の将来が危うくないか、と大いに不安に駆られる。

というのも、目下日本企業がSDGsと混然一体に取り組んでいる「DEI」、即ち「多様性」(Diversity:ダイバーシティ)、「公正性」(Equity:エクイティ)、「包括性」(Inclusion:インクルージョン)は、バイデン政権の圧力だった「LGBT理解増進法」と同様、日本に馴染まないだけでなく、左派民主党が主張する政策であって、共和党はこれに否定的だからだ。

11月5日の米大統領選挙では、先の討論会でのバイデン氏の不出来もあり、共和党のトランプ政権誕生がほぼ確実視される。同日には2年毎に、全435議席が改選される下院と100議席の3分の1ずつ改選される上院の選挙が併せて行われるから、今の勢いなら両院とも共和党が大勝ちしそうだ。それ故の民主党シンパのバイデン降ろしでもある。

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その共和党議員が6月12日、連邦政府における多様性、公平性、包括性に関する役職を廃止し、DEI声明や研修会を要求することを禁止する法案を提出した。提案者の一人でトランプの有力な副大統領候補JD・ヴァンス上院議員は、「DEIアジェンダは憎悪と人種的分裂を生み出す破壊的なイデオロギーだ」と述べた(米保守紙「ワシントン・フリー・ビーコン」)。

この「DEI廃止法案(Dismantle DEI Act)」は、多様性の取り組みに連邦政府の助成金が使われることを禁止し、科学と医学のDEIプログラムへの主要な支援源を断つ。他の条項には、認定機関が学校でDEIを義務付けることを禁止し、ナスダックやニューヨーク証券取引所などの全国証券協会が企業の取締役会に多様性の要件を課すことを禁止する。真に共和党のLGBTに対する取り組みとそっくりだ。

米国では議員が提出する法案が山ほどあり、この法案が成立するか否かは判らない。が、トランプはバイデンが執心した気候変動原理主義やポリコレやキャンセルカルチャーの類を全てひっくり返すつもりだから、もしトラで「DEI廃止法案」が成立する可能性は極めて高い。経団連の先見性のなさは絶望的だ。

トランプ氏インスタグラムより

冒頭の「選択的夫婦別姓制度」に戻れば、こうした米国の政治状況を云々する以前の問題として、この制度が、十倉会長が言うように本当に必要なのかどうか大いに疑問がある。筆者には既婚女性を4人部下に持った経験があり、一般職の3人は姓を変えたが、総合職の1人は旧姓のままで通した。

無論、会社では改姓しようが旧姓のままだろうが構わない制度にしてある。旧姓のままにした理由の一つには、新姓が筆者と同じになってしまうことがあったようだ。が、帰国子女の当該女性社員は海外出張に同行して通訳も務めたし、旧姓で通すことによる不具合など一度も聞いたことがない。

高市経済安保担当相は7月6日、自身のyoutubeチャンネルでこの制度に関するこれまでの取り組みと新たに自身が書いた法案の中身を披露した。総務相当時のある1年間、同省が所管する住民基本台帳や地方自治法・公職選挙法・消防法・放送法・電気事業法などの全法令をチェックしたという。

その結果、総務省所管の資格や事務手続きなどで戸籍の氏しか使えなかった合計1142件を、婚姻前の旧姓かまたは通称使用を届出済の場合にはその姓との併記ができるようにした。しかも法律改正ではなく、総務省から各種団体などに通知を出しただけで変更できたそうだ。真に仕事師の面目躍如である。

続けて高市氏は、6月10日に経団連が公表した「選択的夫婦別氏制度の導入」を要望する提言書にも触れ要旨こう述べている:

経団連の方の理由としては、働く女性の不便が解消できないとか、国際社会での活躍のために不便がある、また不動産登記が婚姻前の氏でできないということも書いてあります。ですが、不動産の名義登記に関しましては、今年の4月1日から婚姻前の氏、つまり旧氏のままできるように変わっておりますね。

また海外に出た時に自分の証明ができないという話も書いてあるのですが、パスポートはもう随分昔から併記で発行していただけますので、これもそれほど不便がないと思っています。・・・ビジネスや社会生活に不便があるなと思われたら、「通称使用届け」を出して下さい。

高市氏はマイナカード・パスポート・運転免許証・住民票・印鑑登録証明書は既に戸籍の氏と婚姻前の氏の併記が可能になっており、また内閣府調査では役所所管の国家資格314全てで婚姻前の氏を使用することが可能になっているとした。高市氏は同様の取り組みを金融庁などでして欲しいと述べている。

こういう手法こそ、旧来制度の美点を残しつつ漸進的に行う保守主義の改革手法である。今般、ようやく単独親権から共同親権になって、子供の立場からの悲劇が改善される。が、夫婦別姓になれば、また新たな子供にとっての悲劇が生まれよう。なぜ親権の先例が活かされないのか不思議でならない。

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米国の圧力と言えば、そもそも30年に及ぶ日本の低成長の淵源は、この間に米国の圧力で受け入れた数々の政策にあると筆者は思っている。最たるものは株主資本主義の思想であり、具体的には四半期決算の開示やJ-SOXと呼ばれる内部統制の強化などで、何れも2000年代の初め頃に始まったものだ。

日本の労働慣行である、家族的経営、年功序列、終身雇用は今日、蛇蝎の如く忌み嫌われる。が、一時期その日本企業が世界を席巻し、米国のGDPに肉薄した。米国は貿易摩擦激化を機に日米構造協議を持ち掛け、価格メカニズム、流通制度、貯蓄と投資、土地利用、系列、排他的ビジネス慣行の改善を迫った。結果、日本企業の根底に深く浸透して、屋台骨を揺るがせたのが株主資本主義である。

それは、企業は社長のものでも社員のものでも消費者のものでもなく、株主のものという思想。米国の巨大ファンドは短期のキャピタルゲインを求めて株式を買う。そこで四半期毎に決算してどれだけ儲けたかを開示せよ、さもなくば株を買わない、あるいは買い占めて会社を解体する、という訳だ。

勢いサラリーマン経営者の多い日本企業は、目先の利益に囚われて長期的な展望を見失い、基礎研究への投資を怠って、新製品開発力の低下をもたらすという悪循環に陥る。中国展開も同様で、安い労働力を求めて「バスに乗り遅れるな」とばかり、挙って中国に出たここ30年の結果が今に表れたのである。

裾野が広いSDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)はピンと来難いが、DEIは人種の坩堝といわれる米国や、移民問題に端を発して右派政権が勢力を伸ばしているフランス等ならではの問題であって、もともと人種差別などない我が国の国情に馴染む考え方ではない。

それとも経団連は、人口減少に伴う労働力不足にかこつけて外国人労働者を大量に入れ、その結果生じるかもしれない将来の人種問題に、今から手を打っておこうとでも言うのだろうか。

関連して、筆者は菅前総理がCO2削減を口にした時も、実は本気でやるつもりなどないと思っていた。国際社会の手前、言うだけは言うが、諸々理屈をつけてぐずぐずすれば良い類の話だからだ。それを若い小泉環境大臣が真に受けて、30年度の排出を13年度比46%削減するなどと言ってしまった。

こうして日本の国益が損なわれていく。十倉会長の「選択的夫婦別氏制度」もこの類である。バイデン政権の間はフリをしても良いが、トランプ政権誕生となれば話は別だ。11月以降に備えて、日本の国益とトランプの政策とをすり合わせる強かな政策が打ち出せる政財界のトップリーダーが待望される。

最後に、十倉会長の肩を持つ訳ではないが、経団連の経営者ひとり一人はDEIに本気で取り組む気などないと筆者は思う。が、誰も率先して「うちはやらない」と言い出せない。これが良くも悪くも日本の慣行だ。が、国益を物差しにするなら、「うちはやらない」と言わねばならない。