習近平国家主席「サッカー王国」目指す

ドイツで開催中のサッカーの欧州選手権(ユーロ2024)は9日からいよいよ準決勝に入る。スペイン対フランス戦、そして10日は英国対オランダ戦だ。4チームのどの国が勝利してもおかしくはない。欧州のサッカーの強豪国チームがグループ戦と本戦のKO戦を乗り越えて準決勝戦までたどり着いたわけだ。

熱烈なサッカーファンの習近平国家主席(2022年3月7日、中国人民共和国国務院公式サイトから、写真は新華社)

ホスト国ドイツはスペイン戦で1対2で惜敗したが、ドイツ国内のサッカー熱は燃え続けている。ドイツチームはユリアン・ナーゲルスマン監督のもと若手を中心に次第に結束し、実力をつけてきた。次期のサッカー・ワールドカップ(W杯)を目指していく。ドイツが往年のサッカー王国に復活する日もそう遠くはないだろう。

独週刊誌シュピーゲル(2024年6月29日号)には「ユーロ2024」関連の記事が多いが、その中に興味深いニュースがあった。「ユーロ2024」の主要スポンサーは13社だが、そのうち5社は中国企業だというのだ。中国大手企業「阿里巴巴集団(アリババグループ)」が運営する海外向けの通販サイトAliExpressとその金融関連企業が提供する決算サービスのAlipay、IT部品や自動車事業を扱うBYD、総合家電メーカーのハイセンス(Hisense)、そしてスマートフォンメーカーのVivoの5社だ。ホスト国ドイツの企業は3社しか主要スポンサーとなっていない。なお、中国企業がどれくらいのスポンサー契約金を支払っているかは不明だ。ホスト国ドイツもUEFA(欧州サッカー連盟)も公開していないが、スポンサーからの総収入は推定5億6800万ユーロといわれている。

ところで、「ユーロ2024年」は欧州のサッカー選手権であり、中国チームはもちろん参加していない。にもかかわらず、中国企業がスポンサーとして顔見せしているのだ。それも5社も主要スポンサーとなっている。その理由の一つは、中国の最高指導者習近平国家主席がサッカー好きだからだという。同主席が2012年に中国共産党政権のトップに就任して以来、卓球王国の中国でサッカーが広がっていった。

中国には一応サッカーリーグが存在する。スーパー・リーグだ。UEFAの国別ラインキングでは中国のサッカーは世界88位だ。中国のナショナルチームがW杯に参加できるまでにはまだ多くの年数がかかるだろう。

習近平主席は2050年までに中国でW杯大会を開催し、優勝することを目標に置いている。それゆえ、中国人選手のサッカーのレベルアップのため、欧州各地から多くのサッカー選手を高額の契約金でスカウトしている。

シュピーゲル誌には2017年に訪独中の習近平主席夫妻がドイツのメルケル首相(当時)と一緒に子供たちのサッカーチームと撮影した写真が掲載されている。メルケル首相は現職時代11回も中国を訪問している。輸出国ドイツ企業の中国市場進出を後押しするためだが、ドイツ企業の製品を紹介するだけではなく、ドイツのナショナルスポーツともいうべきサッカーを中国に輸出していたのかもしれない。その意味で、中国のサッカー熱の影の功労者はメルケル氏ともいえる。

シュピーゲル誌にはドイツのナショナルチームのキャップテン、イルカイ・ギュンドアン(FCバルセロナ所属)の実兄がドイツで中国語学科に学び、現在、中国とサッカーに関連した博士論文をまとめているという話を紹介していた。ギュンドアン主将はトルコ人の親を持つドイツ生まれの選手であり、兄は中国語学科を学ぶ学者の道を歩みだしている。ドイツと中国の間にはサッカーを通じてさまざまな繋がりがあるわけだ。

中国共産党政権はサッカーをスポーツというより、政治、ビジネスのための手段と見ている。中国国内のサッカー人口は少数派だが、中国企業が「ユーロ2024」のスポンサーになる背景には、サッカーの持つ潜在的な人気をビジネスに利用したいという狙いがあるのだろう。UEFAによると、「ユーロ2024」のイベントの波及効果は世界50億人を超えるという。中国企業が世界的な企業に成長するためのイメージ作戦にとってサッカー欧州選手権は絶好のチャンスというわけだ。

考えてみてほしい。中国大手の決算サービス社Alipayが欧州で開催される「ユーロ2024」のスポンサーになるメリットは何だろうか。欧州国民がAlipayのAPPを通じてを支払いをするだろうか。

中国の経済体制は需要と供給の関係で動く市場経済システムではなく、国家がまず目標を立案し、作成された計画(例5か年計画)に基づいて運営される経済社会だ。欧米諸国の市場経済は短期戦ではその強みを発揮するが、長期戦となれば計画経済システムが地力を表すこともある。ひょっとしたら、2050年までには習近平主席の進軍ラッパのもと中国サッカー界は黄金期を迎えるかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。