7月5日から3日間、四国地方を旅しました。2年ぶりの四国。本当は4月に訪ねる予定だったのですが仕事が入って延期になり、先日漸く旅することができました。
今回訪ねたのは高知県の中西部。四万十川の上流域にあたり「奥四万十」と呼ばれる地域です。四万十市や高知市、東部の室戸市は訪ねたことがありますが、ここは初めて旅する場所。どんな場所なのかワクワクします。
松山駅で車を借りて南に向かって2時間。四国山地を超えて愛媛県から高知県に入ったところにあるのが梼原(ゆすはら)町。人口3000人の山間(やまあい)の小さな町です。
「耕して天に至る」神在居の棚田
山間といえば、棚田。この町の奥にも美しい棚田が広がります。ここは神在居(かんざいこ)の千枚田。小さいですが展望台があって、そこから青々とした棚田を見ることができます。「耕して天に至る」と言われる棚田であり、石垣を積み上げて山の上へ、上へと田んぼが連なっています。
展望台から見る棚田も美しいのですがせっかくならもっと近くに行ってみてみたい。車で近くまで寄ってみましたがとにかく道路が狭い!対向車はほぼありませんが、労を惜しまず歩いていくべきだと後悔しました。ただやはり近くで見る棚田は美しかった。奥のうねるような流線型の石垣は芸術モノです。
古き良き時代の娯楽を今に伝える「ゆすはら座」
再び町の中心部に戻ります。昭和23年に建築された芝居小屋「ゆすはら座」はかつては芝居や映画上映など多くの町民の娯楽の場「梼原公民館」として親しまれてきました。一時取り壊しの危機に見舞われましたが反対運動が起こり、場所を移転したうえで維持されることになったものです。
2階から舞台を眺めます。桝形の天井に中央の八角形の照明がおしゃれすぎます。現代においてもイベント会場として使用されているそうで、小さな町ながらしっかりした文化的施設が残されているのは町民にとって貴重な財産だと思います。
入口の木戸銭売り場。木製の演目版に錆び錆びの照明。なんともエモい…。
雲の上の町を彩る隈研吾の作品たち
梼原町のキャッチコピーは「雲の上の町」。
四国の背骨、四国山地を擁し雲の上にある山間の町は、日本を代表する建築家、隈研吾さんの設計した建物が数多くあることで注目を集めています。
隈研吾さんのデザインは上の梼原合同庁舎のように木材を主要な素材としたものが多いことで知られています。主要構造のみならず羽板などの装飾に木材を使っていることで一目で隈研吾作品だとわかる特徴的なデザインです。
そのきっかけをつくったのが梼原との出会いだったといいます。先ほど紹介した「ゆすはら座」の保存運動に参加したことがきっかけで梼原の木造建築に感銘を受け、その後梼原の木材を使用した建築物を次々と生み出していきました。現在の隈研吾建築の原点は高知県の奥、雲の上のこの町にあったのです。
こちらは町の駅「マルシェ・ユスハラ」。内部は土産物店になっているほか、ホテルも併設されています。わたしはこの日、このホテルに宿泊しました。
外壁に茅(かや)が使われているのが特徴的です。町一番の交差点に立地することから多くの人の目をひく存在です。茅は通気性に優れていて一年中快適な環境を創り出してくれています。
店内にも木がふんだんに使われています。屋根を支える柱も木立の中にいるようなデザインです。
場所は変わってこちらは「雲の上のギャラリー」。梼原町の郊外にある道の駅に併設されています。森のような建築物を作りたい、という隈さんの強い思いが、この刎木(はねぎ)を幾重にも重ねて作られ、中央部は柱1本のみで構造物を支える「やじろべえ型刎橋」を誕生させました。
中は道の駅の中に併設されている温泉と隈研吾作品を紹介する「雲の上の小さなミュージアム」を繋ぐ回廊となっています。回廊でありながらこの存在感。神秘ささえ感じます。
夜、温泉に入るために再びここを訪ねました。ライトアップされる刎橋は昼見た時以上に神秘的なものを感じました。
隈研吾さんは梼原町の町立図書館「雲の上の図書館」もデザインしています。この木のルーバーでもう隈研吾さんの作品だとわかりますね。
続いてはこの図書館の中をご紹介したいのですが、それを語るには紙幅が足りないようです(ネットですけど)。雲の上の図書館の様子は次回お届けしたいと思います。
編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2024年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。