インドは本当に「大国」ではないのか

インドのモディ首相のロシア訪問が、大きなニュースになっている。大国の指導者と会った際には恒例であるハグ(抱擁)を、プーチン大統領との間で行う姿を捉えた写真が、世界を駆け巡った。

President of Russiaより

ウクライナのゼレンスキー大統領がさっそく「失望した」という発言を、わざわざXで公にした。ゼレンスキーはこの直前にはハンガリーのオルバン首相も批判する内容の発言をしており、それ以前には中国に失望を表明したりしている。意にそわない世界各国の指導者に、ダメ出しを連発している状態である。

日本でも、日頃から「あいつは親露派だ!あ、実はこいつも親露派だぞ!おお、そっちのほうにいる連中も隠れ親露派だ!皆で糾弾しろ!」といった「犬笛」を吹き続けているような方々がいる。そうした方々は、ゼレンスキー大統領を好意的に引用して、インドにもダメ出しをする論調を盛り上げようとされていらっしゃるようだ。

インド下げのムードは、ポリコレ系の人々の間で高まっていくのだろう。バイデン政権も、地道に仲間を作っていくよりも、異なる価値観を持つ者を糾弾する方が得意、という典型的なポリコレ気質のインテリ層によって成り立っている。

第二次安倍政権時代に作られた「クアッド」の仕組みが危うくなり始めている。岸田首相は、「クアッド」どころか、「FOIP」ですらほとんど口にしなくなり、NATOとの軍事面での協力の「深化」に邁進し続けている。モディ首相の訪ロは、先方からすれば、「西側」世界の情勢を見てのこと、ということだろう。

折しも湊一樹氏の『「モディ化」するインド』が話題になっているところだ。「大国幻想が生み出した権威主義」という副題が示す通り、徹底してインドのモディ政権をこき下ろす内容の書である。これが一部で、いわば待ち焦がれた書として、大絶賛を浴びている。

私も一読してみたが、インド研究の専門家である湊氏の記述には知らないことも多く、学ばせていただくことばかりだった。だが必ずしも驚きはなかった。そして疑問が残った。「大国幻想」という描写に、果たして十分な根拠はあるか、という疑問である。

私は1990年代にロンドンに留学していたが、国際関係学の博士課程には、インドからの留学生も当然いた。現在モディ首相が率いているBJP(インド人民党)は、1980年代に国政政党になり、1990年代半ばにはすでに選挙で第一党になって政権参画するなど、大きな注目を浴びていたので、よく夕食時に皆で話題にしていたものだ。したがってBJPが「ヒンドゥー至上主義」であることは、私にとっては常識以前の話なので、何も驚きはない。BJP政権がイスラム教の取り扱いで特異な姿勢をもっていることも、単なる基礎知識の一部である。

そもそも今のインド人の祖先が自分たちの国を今のインドとして独立させたのは、イスラム教徒と同じ国家を共有することを嫌ったからであり、そのためパキスタンとは建国以来ずっと仲たがいをしている。今でもインドに入国するには、パキスタン滞在歴を申告しなければならない。

イスラム教徒との関係の問題は、バングラデシュとロヒンギャの問題が存在するインドの東部でも、異なる形ではあるが、存在している。インドにとってイスラムとの関係は、抽象的な偏見の話ではなく、国家安全保障政策や、移民政策と直結した具体的な問題である。

モディ政権が、イスラエルがパレスチナ人に対して行っているような大量虐殺を政府の政策として実施しているとでもいうことであれば、別次元の問題になる。湊氏の著作を読んでも、そこまでも大きな話は出てこない。

もしインド社会に根深く潜む文化的・思想的問題を、我々が好ましく思う形で、モディ首相が一気に解決していないとしても、私には必ずしもモディ首相が責められるべき話だとは思われない。

モディ首相が、SNSで無名の市民にまでフォローをつけて感謝されている云々といったエピソードは面白く、モディ首相が個人プレーを重視するタイプの政治家であることは間違いがないだろう。だが説明なく、ジョージ・オーウェルの『1984年』を参照したりしながら論を進めていく湊氏の手法には、果たして本当に裏付けがあるのか、腑に落ちない気持ちも残った。

だがいずれにせよ一番の疑問は、「大国幻想」についてであろう。インドが新型コロナで甚大な被害を受けたことは事実であり、その際に経済成長率も劇的な落ち込みを見せた。モディ政権の対応が素晴らしかったわけではないだろう。だが人口14億人の衛生環境も悪い国で、コロナ対策が困難を極めたとしたら、それはそうだろう、という気もする。

湊氏は、インドを「大国」とみなすのは、モディ首相への個人崇拝に根差した「大国幻想」の所産であることを繰り返し強調する。その根拠は、2019年のコロナ危機前からの経済の停滞と、コロナ対応の不備だ。

しかし通常、門外漢のわれわれが見るのは、IMFや世界銀行などの国際機関が公表しているデータだ。世界のほとんどの人々は、こうしたデータを見て、インドの経済力を評価している。湊氏が、インドが発表するデータには信憑性がない、と力説したとしても、ではそれならIMF公表データは全くの間違いだ、と湊氏が主張したいのかどうかは、判然としない。

インドのGDPは、来年には日本のGDPを抜いて、世界4位になると言われている。すぐにドイツを抜いて世界3位になるはずである。その後の数十年でインドのGDPは日本の2倍、3倍になっていくと想定される。

2024年世界の名目GDPランキング(IMF)
出典:セカイハブ

【参考】2075年までのGDPランキング予想

50年後の日本の姿に愕然…世界4位の〈日本のGDP〉は2075年「まさかの順位」に

あえてこのような時期を捉えて、「インドは大国だなどというのは幻想だ(日本は永遠に本物の経済大国のままだ?)」と声高に主張してみることは、非欧米圏出身の方々と多岐にわたる付き合いがある私には、できない。

東京都知事選の掲示板に全裸の女性の写真を掲示したり、政見放送で服を脱ぎ始めたりする候補が乱立する日本の姿を誇り、「インドが民主主義国だなどというのは嘘だ(日本こそが本物の民主主義国の代表だ?)」と、インド人に説教してみせるような勇気は、私にはない。