日本共産党による「自由な共産主義」の大キャンペーン
最近、日本共産党は「自由な共産主義」について、オンラインや赤旗で主として学生や、若い党員、民青同盟員らに対し大キャンペーンを展開している。これは旧ソ連や中国の例から「共産主義には自由がない」との「反共攻撃」を打ち砕き、若い層を中心に党勢拡大を図る狙いがある。なぜなら、共産党はこのような「反共攻撃」が党勢後退の最大の要因と考えているからである(赤旗2024年6月12日)。
そこで、志位和夫議長は、新たに「Q&A共産主義と自由;資本論を導きに」(新日本出版社)を出版し、マルクス・エンゲルスが「共産党宣言」(1848年)で「各人の自由な発展が万人の自由な発展のための条件である結合社会」を共産主義社会であると宣言したように、生産手段が社会化され一切の搾取が根絶された「共産主義社会」こそ人間の自由が花開く理想的な社会であると主張している。
すなわち、マルクス「資本論」を引用し、資本による搾取や利潤第一主義がなくなれば、労働時間も短縮され、人間性を高める「自由な時間」も増えるというのである(赤旗2024年6月26日)。しかし、志位議長は共産主義社会における「言論の自由」についてはなぜか触れていない。
「言論の自由」とは、政治的には「政府当局者に対する批判の自由であり、民主主義の精髄である。」(小泉信三著「共産主義批判の常識」36頁、小泉信三全集10巻参照)とされる。法律的には憲法で保障された市民的自由であり基本的人権である(日本国憲法21条)。「言論の自由」は多様な価値観の存在と対立を前提とし、言論を通じてより良い結論を得るための民主主義の根本原理である。
「言論の自由」は欧米や日本などの自由民主主義国家のみならず、旧ソ連や中国、北朝鮮などの社会主義・共産主義国家においても憲法上保障されている。即ち、1936年のソ連「スターリン憲法」においても、言論・出版・集会・デモなどの自由が認められていた。ただし、これらの自由は「社会主義体制を強化するため」にのみ認められていた。
中華人民共和国憲法35条でも言論・出版・結社の自由が認められている。朝鮮民主主義人民共和国憲法67条でも言論・出版・集会・結社の自由が認められている。
社会主義・共産主義国家と「言論の自由」
上記の通り、社会主義・共産主義国家においても憲法上「言論の自由」が認められている。しかし、「スターリン憲法」では、上記の通り「社会主義体制を強化するため」との条件付である。これは、中国、北朝鮮でも同じであり、社会主義政権を批判する「言論の自由」はあり得ない。それどころか、旧ソ連では社会主義政権に対する批判は、「政府を転覆させようとするすべての行為」に該当し、刑法上の「反革命罪」として死刑を含む重罪に処せられた。
中国でも社会主義政権に対する批判は、刑法上の「反革命罪」、現在では「国家安全危害罪」に該当し、死刑を含む重罪に処せられる。北朝鮮でも社会主義政権に対する批判は、「反党反革命分子」として、刑法上の国家転覆陰謀罪、祖国反逆罪、民族反逆罪、反国家宣伝・扇動罪に該当し、死刑を含む重罪に処せられる。中国については、香港、ウイグル、チベットに対する「言論弾圧」は過酷である。
このように、「政府当局者に対する批判の自由」(前掲「共産主義批判の常識」)を認めない以上は、実質的に「言論の自由」が保障されているとは到底言えない。
旧ソ連・中国・北朝鮮などの社会主義・共産主義国家が、欧米や日本などの自由民主主義国家と同様の「言論の自由」を認めない根本的理由は、哲学的には、自由民主主義が「多元的価値観」に立脚するのに対して、社会主義・共産主義は「一元的価値観」に立脚し、政治的には議会制民主主義ではなく、「プロレタリアート独裁」の政治体制だからである。
プロレタリアート独裁と「言論の自由」
中華人民共和国憲法第1条では、中国は労働者階級が指導する人民民主主義独裁の社会主義国家と規定されている。人民民主主義独裁とはプロレタリアート独裁の一形態であり、階級敵であるブルジョアジー(資本家や地主などの資産家階級)に対する独裁が行われるのである(毛沢東著「人民民主主義独裁について」334頁以下、世界の大思想35巻参照)。
マルクス・レーニン主義(「科学的社会主義」)におけるプロレタリアート独裁とは、「資本主義社会から共産主義社会への過渡期の国家がプロレタリアート独裁であり」(マルクス著「ゴーダ綱領批判」139頁、世界思想教養全集11巻参照)、「抑圧者、搾取者、資本家の反抗を法律によらず暴力で抑圧する労働者階級の権力であり、抑圧のあるところに自由も民主主義もない」(レーニン著「国家と革命」499頁、レーニン全集25巻参照)とされ、その実態は共産党一党独裁である。
このようなプロレタリアート独裁すなわち共産党一党独裁が自由と民主主義に基づく「言論の自由」と対立し矛盾することは明らかである。
日本共産党と「言論の自由」
日本共産党は、かつて、自民党から「自由社会を守れ」との激しい所謂「反共攻撃」を受けたため、1976年の第13回臨時党大会で「自由と民主主義の宣言」を行い、複数政党制、政権交代、信教の自由などの基本的人権を擁護発展させる立場を宣言した(日本共産党中央委員会著「日本共産党の70年」下巻50頁参照)。
しかし、日本共産党は、現在も党規約2条でマルクス・レーニン主義(「科学的社会主義」)を党の理論的基礎とし、党綱領で「社会主義をめざす権力」(改定党綱領五の一七)と規定して、プロレタリアート独裁を容認している(不破哲三著「人民的議会主義」241頁「社会主義日本ではプロレタリアート独裁が樹立されなければならない」参照)。
そして、マルクス・レーニン主義の核心は暴力革命(敵の出方論を含む)とプロレタリアート独裁であるから(前掲「国家と革命」432頁、445頁参照)、日本共産党がマルクス・レーニン主義を理論的基礎とし、プロレタリアート独裁を容認している以上は、「政府当局者に対する批判の自由」(前掲「共産主義批判の常識」)である「言論の自由」と対立し矛盾することは明らかである。
「日本共産党の研究」を出版した評論家立花隆氏への「攻撃」
評論家の立花隆氏は、かつて、「日本共産党の研究(上巻・下巻)」(昭和53年講談社)を出版し、日本共産党の戦前の所謂「リンチ共産党事件」等を取上げて批判したところ、「反共分子」のレッテルを貼られ、党組織を挙げての狂気じみた激しい「文春反共デマ宣伝」攻撃を受け、共産党が国家権力を握った状態の下であれば、私に何が起きたかわからない、との恐怖の体験を述べておられる(同書上巻1頁以下、下巻480頁、502頁参照)。
上記が事実であるとすれば、共産党による「言論の自由」に対する、通常の「反論権」を超えた不当な組織的攻撃であり深刻な問題と言えよう。立花氏は、また「近代政治史を専攻し、反体制運動史を研究していた若い研究者が、私に加えられた党組織を挙げての攻撃を見て、共産党を歴史的な研究対象とすることに恐怖を覚えたといい、私自身も慄然とした。」(同書下巻480頁参照)と述べておられる。
さらに、評論家の佐藤優氏は、2021年総選挙での立憲民主党と共産党との選挙協力に関して、「それによって当選した人は自ら共産党の政策を忖度して共産党寄りになっていく」ことの危険性を指摘されている(「正論」2021年7月号)。「言論の自由」に関しても共産党寄りにならないか懸念されるのであり、少なくとも「共産党批判」は「自粛」することになるであろう。
日本共産党への「言論の自由」に対する懸念
そのうえ、先般の古参党員に対する「除名問題」も、党中央に権力が集中する「民主集中制」の問題点を含め、共産党に対する「言論の自由」に対する深刻な懸念である。以上の通り、1976年には「自由と民主主義の宣言」をした共産党であるが、同党が「暴力革命」(敵の出方論)と「プロレタリアート独裁」を核心とする共産主義のイデオロギーであるマルクス・レーニン主義(「科学的社会主義」)を明確に放棄し、社会民主主義政党に生まれ変わらない以上は、将来政権を獲得した場合に「言論の自由」に対する懸念を払拭できないのである。
前記の「共産主義の一元的価値観」や「政権批判を一切認めない社会主義憲法」を考えても、まさに「共産主義と言論の自由」は、理論的にも歴史的にも共産主義及び共産党の根本問題である。
ちなみに、社会主義国ベトナムにおいても、旧ソ連や中国と同様に三権分立はなく、立法・司法・行政は共産党の指導下にあり、共産党に対する批判は一切禁じられており「言論の自由」はない(川島博之「日本人の知らないベトナムの真実」20頁、38頁2024年育鵬社参照)。
共産党一党独裁は「自由な共産主義」と矛盾する
共産党は冒頭で述べた通り、生産手段社会化により搾取のない「自由な共産主義」を主張しているが、それはマルクスの言う生産手段共有の「原始共産主義社会」にほかならず、人間社会の理想でもユートピアでもない「先祖返り」にすぎないと言うべきである。
また、志位議長は、旧ソ連や中国に自由がないのは、指導者が誤っていたこと、社会主義への出発が自由も民主主義もない後進国であったからであり、先進国である日本における社会主義建設とは根本的に異なると弁明する(赤旗2024年7月11日)。
しかし、スターリンや毛沢東などの指導者の誤りは、各国共産党の党是とされる「民主集中制」などにより日本でも起こり得ることであり、旧ソ連や中国だけの問題ではない。そのうえ、共産主義における自由の喪失を指導者の責任のみに転嫁し矮小化することは許されず、根本的には共産主義革命理論である「マルクス・レーニン主義」(「科学的社会主義」)の核心である「プロレタリアート独裁」(共産党一党独裁)という制度そのものに最大の問題があることを看過すべきではない。
このように共産党一党独裁は「自由な共産主義」と根本的に矛盾することは明らかである。また、自由がないのは後進国からの社会主義建設であったからやむを得ないとの弁明も、すでに革命後長年月が経過していることを考えると、到底理由にはならないと言えよう。