エンタメ化した政治がシルバー民主主義を破壊する

東京都知事選挙の得票を世代別にみると、石丸伸二氏は10代・20代で1位、30代でも小池百合子氏とほぼ同じだった。支持政党別では、無党派層で最大の支持を得た。

NHKより

これまでどの党も取れなかった無党派の若い世代というブルーオーシャンを、彼が初めて取ったのだ。都知事選で、無名の新人が160万票以上とったのは初めてである。これが今回、最大のサプライズだった。

主役がテレビから動画になった

動画を見る層と選挙で投票する層はまったく別で、それが「シルバー民主主義」の原因だったが、これまで既存政党がすくい取れなかったブルーオーシャンを発掘したのだ。

それは石丸氏が政治家としてすぐれていたからでもなければ、その政策が魅力的だったからでもない。むしろ彼のきらう政治屋としてのテクニックが傑出していたからだ。この点は彼の選挙参謀だった藤川晋之介氏の分析が的確である。

街頭演説を200回超やったが、特徴的なのは、細かい政策を全く言わないことだった。自己紹介を言い続けた。「小さな問題はどうでもいいんだ」といって「政治を正すんだ」という話をずっとやり続けた。それでも来る人の8、9割は「すごい」と言って帰っていく。

大衆を怒らせるヒトラーのプロパガンダ

石丸氏の政策は「都政の見える化」などありきたりで、具体性がない。それを説明しても大衆は引きつけられない。ひたすら「今の政治は腐っている」というメッセージをくり返すのだ。これはヒトラーのプロパガンダと同じである。

  • つねに敵をつくり、自分たちがその犠牲者だと強調する
  • 同じ話を1000回くり返して初めて民衆は理解する
  • 圧倒的多数の民衆は、女性のように論理ではなく感情で動く
  • 綴りの長い言葉は使わず、限られた語彙で話を単純化する

1930年代にはラジオが普及し、新聞に代わって一方的に多くの大衆に演説できるヒトラーの才能が生かされた。彼はユダヤ人やベルサイユ条約という敵を罵倒し、ドイツ人が貧しいのは彼らの責任だと憎悪をあおった。

そのメディアの主役がテレビになり、今や動画になった。石丸氏は安芸高田市長のころから、市議会で市議を面罵するショート動画をYouTubeやTikTokで拡散し、総インプレッションは1億回を超えた。

シルバー民主主義をぶっ壊せ

今まで動画は政治経済系のコンテンツには向いていないといわれていた。エンタメ系とは違って、情報を得るには動画は時間がかかるからだ。それが変わり始めたのはネトウヨ系の動画だ。中身は幼稚で互いにケンカしたりするが、それがアクセスを集め、1回で数十万アクセスを集めることもある。

石丸動画は、政治をエンタメにした。市議会の議場で議員を罵倒する。それが切り取られ、この動画だけでも100万回再生された。こういう動画は、クラウドワークスでアルバイトを募集して量産する。その資金はドトールコーヒーの創業者などの潤沢な資金でまかなう。

政治をエンタメにするのは、民主政治にとって悪いことではない。大部分の有権者は政策を何も知らないので、ショート動画でも政治にふれることで、彼らが政治を考えるきっかけになる。

特にシルバー民主主義で自分の意思は反映されないとあきらめていた若い無党派層が、石丸氏に投票したことは重要である。これで下がり続けていた投票率が5%ポイントも上がった。既存の政党がまったくふれない社会保障の問題も、この支持層には響くかもしれない。

彼に近いのは維新だから、維新が支援して広島1区にぶつける手もあるかもしれない。今の石丸氏のパワーが続けば、岸田首相を落とすことも不可能ではない。何よりも大事なのは、日本の政治を停滞させているシルバー民主主義を破壊することである。