わが国で、すでに4億回以上の接種実績があるコロナmRNAワクチンは、スパイクタンパクに翻訳されるmRNAを脂質ナノ粒子(LNP)で包んだ製剤である。このワクチンを接種すると、mRNAがヒトの細胞内に取り込まれ、このmRNAをもとに、細胞内でスパイクタンパクが産生される。
遺伝子治療製剤にほかならないが、薬事承認にあたっては、遺伝子治療製剤としてではなくワクチンとして取り扱われている。遺伝子治療製剤とワクチンとでは、薬事承認に必要な項目が大きく異なる。
新しいタイプのコロナワクチンが、昨年の11月にわが国で薬事承認され、今秋にも接種開始が予定されていることは、メデイアではあまり報道されていない。
この自己増殖型ワクチン(コスタイベ)は、米国Arcturus Therapeutics社が開発、Meiji Seikaファルマ株式会社での販売が予定されており、別名、レプリコンワクチンと呼ばれる。レプリコンワクチンが薬事承認されたのは、世界でも初めてである。
RNAウイルスのゲノム複製に関わる酵素をRNAレプリカーゼと呼ぶが、コスタイベはベネズエラウマ脳炎ウイルスのRNAレプリカーゼとコロナウイルスのスパイクタンパクをコードするRNAを繋いでLNPに包んだ製剤である。
米国FDA(アメリカ食品医薬品局)のガイドラインでは、遺伝子治療は以下のように定義されている。
Gene therapy is a medical intervention based on the modification of the genetic material of living cells. Cells may be altered in vivo by gene therapy given directly to the subject.
この定義に従えば、コスタイベは遺伝子治療製剤そのものである。
レプリカーゼの働きによってスパイクタンパクをコードするmRNAが複製されることから、スパイクタンパクをコードするmRNAの量を減らすことができる。実際、ファイザー社のmRNAワクチンであるコミナテイの一回投与mRNA量は30μg、モデルナ社のスパイクバックスは100μgであるが、コスタイベは5μgである。
国内第Ⅲ相比較試験では、コミナテイと比較して高い中和抗体価と持続性が得られているが、注射部位の圧痛や発熱などの有害事象の発現割合には両者で差はなかった。
mRNAワクチンの接種が始まって3年が経過し、体内で産生されるスパイクタンパクそのものに毒性があることがわかってきた。コスタイベの主作用もスパイクタンパクを産生することであることから、従来のmRNAワクチンと同様のリスクがあることが予想される。それ以上に、スパイクタンパクをコードするmRNAが自己増殖する機序を考えると様々な疑問点が出てくる。
- mRNAの増殖はいつ止まるのか?増殖を止める方法はあるのか。
- 標的臓器、すなわち、どの細胞でmRNAは産生されるのか?
- 胚/胎児への毒性、がん化の可能性はないのか。
- 個体間伝播、いわゆるシェデイング(shedding)の可能性はないのか?
これらの評価項目は、遺伝子治療製剤では必須である。
7月5日に開催された厚労大臣記者会見でも、レプリコンワクチンに対しての質問があったが、武見大臣の答弁は以下のようなものであった。
記者:自己増殖すると言われるレプリコンワクチンについて、SNS上などでシェディングについて懸念・心配する声が非常に多く見受けられます。そもそもシェディングについての臨床試験は行われているのでしょうか。
武見大臣:お尋ねのシェディングと呼ばれる現象というものが、科学的知見として現在存在するということについて全く承知をしておりませんので、答えようがありません。
シェディングとは、ウイルスやベクターが患者の分泌物や排泄物を介して拡散することで、ワクチン接種者のそばにいる非接種者が、病原物質に曝露されることを意味する。
ベクターは外来の遺伝物質を別の細胞に人為的に運ぶもので、ウイルスのmRNAをヒトに投与するmRNAワクチンも同様の働きをする。PubmedでVaccine& Sheddingを検索すると4,483の論文がヒットすることから、ごく普通に使われている医学用語である。
そこで、コスタイベの薬事承認報告書には、上記の疑問に対してどの程度の回答があるかを調べてみた。
独立行政法人 医薬品医療機器総合機構 審議結果報告書 令和5年11月28日 医薬局医薬品審査
表1は遺伝子治療製剤と見做した場合に、承認に必要な評価項目を示すが、コスタイベについては、必要とされる前臨床試験のうちデータの提出があったのは生体内分布のみであった。
ところで、Arcturus Therapeutics社が開発したレプリコンワクチンは3種類存在する。ARCT-021は起源株由来のスパイクタンパクをコードするRNAを、ARCT-154は変異が入った起源株由来のRNAを、ARCT-165は変異が入ったβ株由来のRNAをレプリカーゼRNAと繋いだものである。
コスタイベの薬事申請はARCT-154に対してであるが、コスタイベの薬事承認に関わる前臨床試験はARCT-021を用いて行われた。
報告書には、各5匹の雄と雌のマウスに、25と50μgのARCT-021を筋肉内投与した後の血漿と組織中mRNA濃度が記載されている。投与2時間後から、血漿および測定した全ての組織でmRNAは検出された、31日後も筋肉とリンパ節からはmRNAが検出されている。(図1)。
スパイクタンパクについても、筋肉、リンパ節、卵巣、血漿で、投与31日後にも検出された。胎盤移行については、20匹のウサギを用いて検討したところ、1匹の胎児の血漿中からmRNAが検出された。乳汁中への移行については検討されていない。感染性ウイルス粒子は産生されず、逆転写酵素を欠くので、宿主細胞のDNAにmRNAの配列が挿入されることはないとして、遺伝毒性やシェデイングに関する試験は実施されていない。
動物実験を行うことで、ヒトにおいてシェデイングが見られるかをある程度予測できるが、難しい実験ではない。mRNAワクチンは人の遺伝子に挿入されることはないとして、実験は行われていないが、mRNAワクチンの遺伝情報がヒトの遺伝子に組み込まれる可能性を示唆する論文もあることから、是非とも、知りたいところである。(引用3)。
以上のように、コスタイベの薬事承認報告書には、レプリコンワクチンの特性に関わる疑問に答えるデータは記載されていない。これも、コスタイベが薬事審査上ワクチンとして取り扱われ、遺伝子治療製剤としての規制を受けないことによる。
遺伝子治療製剤の申請には、遺伝毒性やシェデイングに関するデータが必要で、安全性の観察期間も、FDAでは5年間、EMA(欧州医薬品庁)では30年にも及ぶ。コスタイベの安全性の観察期間は210日間に過ぎない。
コロナmRNAワクチンによる生殖機能の障害やがんの増加が懸念されている現在、少数の患者を対象とする遺伝子治療製剤が厳格に規制されているのに対し、膨大な数の健康集団を対象とする自己増殖型コロナワクチンに、これらの規制が適用されないことを正当化する理由は思い当たらない。しかも、このワクチンの薬事承認は、わが国が世界でも最初である。