ベネズエラで戦う二つのグローバルな陰謀論

ベネズエラ・マドゥロ大統領
同大統領SNSより

南米ベネズエラで7月28日に大統領選挙が行われ、公式の選挙結果発表にもとづいて現職のマドゥロ大統領が勝利宣言をした。これに反発して選挙に不正があったと主張する人々が、大規模なデモを行っている。

これについて各国政府のみならず、各国のメディアの対応も、完全に分断されている。双方が不正や介入を糾弾しており、ベネズエラを題材にしながら、世界的規模で「二つの陰謀論」が正面衝突しているような状況だ。

政府の不正を強く示唆してマドゥロ大統領を糾弾する声は、欧米諸国からあがっている。ウクライナやイスラエルに対する態度と同じように、日本は欧米諸国側だ。G7は外相共同声明の形で、「透明性をもって選挙結果の詳細を公表するよう」求めた。G7各国における主要メディアの論調も全般的に、マドゥロ政権の強権性を強調し、選挙に不正があったことを強く示唆するものとなっている。そもそもアメリカなどは、2018年にも選挙で不正があったとみなしており、マドゥロ大統領の正当性を最初から認めていない。

ところがG7以外の諸国では、選挙結果を正面から受け止める反応が通常である。もちろん欧米諸国では、権威主義政権に対して他国の権威主義政権が祝福しているだけだ、という描写が一般的だ。

だがそれは、不正を示唆しているのは欧米諸国だけだ、という反論と、ほとんど紙一重の関係にある。近隣の南米諸国も、BRICSの一角を占める地域大国のブラジルは、いち早くマドゥロ大統領の当選に祝意を表した。これに対して、昨年の選挙で新自由主義的政策を志向するミレイ氏が大統領に就任してから親米路線を追求しているアルゼンチンは、選挙結果を認めない、とする声明を出した。

EUでは、マドゥロ政権批判の声明を出そうとしたところ、オルバン首相のハンガリーが反対して、実現しなかったという。言うまでもなく、ロシア・ウクライナ戦争をめぐる確執そのままの構図だ。

ベネズエラは、中南米でも筋金入りの反米国だ。チャベス前大統領の時代から、繰り返し公然とアメリカの政策を批判してきており、マドゥロ大統領も同じ反米路線をとる。親露的であると言い換えてもよい。アメリカは中南米諸国に不当な介入を繰り返している、というのが、批判の中心点である。

アメリカは、当然、ベネズエラを「悪の枢軸」側の国とみなしている。ベネズエラが原油埋蔵量で世界一とも言われる資源大国であること、カリブ海に面しているアメリカにとっての地政学的要衝に位置していることなどの事情があり、多大な関心を寄せてきた。長期に渡る厳しい経済制裁を続けている。アメリカが、ベネズエラでクーデターを起こすために暗躍してきたことも、政府高官の回顧する発言などから、非常に蓋然性の高い事実とみなされている。

野党側勢力の有力者のマリア・コリーナ・マチャド氏は、親米的な姿勢を長年にわたってとっており、ワシントンDCとのつながりは深いとみなされている。欧米メディアでも好意的に取り上げられるのが一般的だ。

野党側は、事前調査の結果などをふまえると、野党側候補のエドムンド・ゴンサレスが勝利したことに疑いはない、と主張している。この主張を信じて抗議行動をしている国民が相当数いることも間違いない。そもそもマドゥロ政権が強権的な性格を持ち、選挙で不正を働こうとすれば、そうできる素地を持っていることも確かだと思われる。全ては「権威主義」政府の民意を無視するための不正による混乱だ、というのが、欧米諸国側で信じられている「陰謀論」である。

しかし他のマドゥロ政権のみならず、国際事件をめぐって反米的な姿勢をとり、アメリカの公式説明に常に疑いの目を向けている人々は、事前の調査なるものがそもそも欧米系の組織によってなされたものでしかないので根拠がなく、抗議運動も欧米系の勢力の扇動によってたき付けられているものだ、と考えている。

欧米諸国が、チャベス=マドゥロ政権に対して敵対的な政策をとり続けてきていることは事実であり、野党側に心情的に肩入れしているだけでなく、政権転覆の動きを支援したい大きな動機を持っていることも事実だろう。そこを重視すると、欧米の世界支配を警戒する系の「陰謀論」に陥る。

いずれの「陰謀論」も、ストーリーとしては成立しているところがあり、ほとんど予定通りに、選挙の前も後も行動している、という事情がある。

事実はどうなのかと言っても、正直、よほどの選挙監視体制が、事前準備の段階から入っているのでなければ、選挙結果の妥当性について、確定的なことを言うのは難しい。外部者にとっては特にそうだが、ベネズエラに居住していたとしても、そうであるかもしれない。自らの立ち位置によって、見えてくる現実が変わってしまうからだ。

民主主義の危機が叫ばれて久しいが、「権威主義が広がっているから危機だ」、「欧米主流派メディアが偏向しているから危機だ」と主張し合っても、ベネズエラくらいの段階になると、もはや閉塞状況を脱け出すことは非常に難しい。